2013/03/22

sakura2013

一眼レフを買ったので写真を撮り始めた。
むつかしい・・・








新卒というカード、大学というモラトリアム

新卒に求められているものとか、大学で学ぶべきこととかを考えているのだが、まとまらない。というか、上記を大学生に伝えるといっても、大学生にも色んなタイプがあるわけでそりゃまとまらないのはしょうがないかと思って変に安心している。

もちろん、僕が伝えられることもそんなに多くはないので、聴いてもらえるターゲットの属性と伝えられるコンテンツの接点を探っていくとそんなに多くはないだろう。さて、考えながら書いてみるとするか。


1.新卒と中途の違い

スポーツで例えると、未経験者の新人と既に慣れている経験者の違いみたいなものである。力(成果)だけを考えると、中途を取った方が良い。しかし、中途は前職までの仕事のやり方や前の職場での文化が染み付いており、それが適合しない場合は、パフォーマンスが下がる。新卒で入れて、幹部候補として育てていきたいのは、ビジョン・組織文化の適合性が高い人材をポストにつけておきたいという考えが根底にある。
あとはコスト(人件費)だが、新卒の方が圧倒的に安いし、中途は前職での給与を考慮したりと考える項目が増える。また、大卒の新卒はまわりが同じような背景なので理解していないと思うが、世の中には中卒も高卒もドロップアウトもいる。いろんな学歴の人がいるわけです。労働マーケットには、そういった様々な背景を持った人が混在している。
そう考えると、どんなに馬鹿な大学生でも高卒より“上に見える”んですね。
注意点としてそう見えるだけであって、中卒だろうが高卒だろうがちゃんとしている人はちゃんとしているし、凄い人は凄いという事実。
ただ、履歴書にはその部分は表示されないので、大卒は有利なんです。学歴が必ずしも学習歴を表すわけではないのですが、文章にはおおよそ学習歴が語彙や表現という形で現れます。履歴書やエントリーシートでのスクリーニングって、やっぱり合理性があると思います。

エントリーシートの書き方などは去年書いてました。
大学生向けですが。

五月雨的に書きましたが、大学新卒で就職する際はもう少し俯瞰的に考え、「大卒新卒」のポジショニングを考えてもいいと思います。自分がどこにプロットされるかで、取るべき戦略や戦術は変わってきますし。



2.大学で学ぶべきこと

バシッと言いたいところですが、例のごとく正解はないです。最近読んだ記事で、ハーバードやMITは学部教育でリベラルアーツに力を入れているというのを読みましたが、これには納得しました。
僕は商学部で論文も書いておらず、単位も体系的に取っていません。じゃあ何をやっていたかというと、所属していた勉強会サークルで経営やらマーケやら政策やらをテーマにゼミ形式の勉強会やビジネスプランをつくってフォーラムを開催したりしていました。自分たちが学びたいこと、興味があることを深めることをやっていました。
例えば、政策なんて学校で教えてもらっているわけではないので、ひたすら本を読んだりググったり、人の話を聞きにいったりするんですね。そんなことをしていると勝手に学習する習性や、得た情報を伝えるために体系化する感覚が身に付きます。政策立案やビジネスプランは内容がしょぼかろうと、一つのアウトプットをつくるという意味では非常に為になりました。ワンメッセージワンスライドではないけど、喋るにしろ書くにしろストーリーやメッセージが大事なので、一つに括るという思考がいるのです。
僕はこういう経験を通して学習していたので、これが大学で出来ればいいなぁと思っていました笑

話をもとに戻すと、何かの情報を仕入れ、そこに思考を重ね、アウトプットを出すという経験は学生時代だからこそできることだと思います。なので、専門的な分野でもいいけど、必要な教養をテーマにするのは正解だと思う。歴史であったり、哲学であったり、普遍的な学問は普遍的な理由があるはず。凄い経営者が歴史に詳しかったり、囲碁や将棋が得意であったりすることもこういった意味がある。

実は、何を学ぶかは一番重要ではないのかもしれない。


3.じゃあ何をすべき?

働くことを体験するためにインターンにいくのもいいし、起業したりするのもいいかもしれないけど、大半の人はそんな感じではないので、今いる環境で創意工夫をしたり、ちょっとした不満を解決したり、好きなことを好きなだけ学ぶというのが大切なように思う。当たり障りのない結論だけど、ふわふわしてたり、ダラダラしてたり、なんとなーくの人がけっこう多い。別にフル稼働で頑張れ!なんて言わないのだけど、ある意味学生から学業奪ったらニートみたいなものなので、制限なく時間を使えるって凄いと思いますよ。
働くって、起業家であろうとサラリーマンであろうと、時間を使うわけです。
得られるお金によってお金の自由度は変わるけど、みんな時間は使い放題じゃなくなるわけです。投資できるものとして、お金をイメージしがちだけど、増減がなく変化しないのは時間なんだよね。じゃあ、みんな等しく与えられている24時間を何にどういう使い方をして、どんなリターンを得るかって考えどころのはず。
で、何をするかは人それぞれなので共通解はないけど、プロセスの密度についてはあげていこうぜ!と思います。

そうだよね。こういう感じの結論になっちゃうよね。



2013/03/09

音を楽しむことを教えてくれるotto & orabu




otto & orabu
これを音楽というのだろうか。
音楽であれば、何のジャンルなのか。
そう区分けすることに意味を感じなくなる “ひとつのアート”


1人ひとりが奏でる不揃いな音が全体としてひとつになる瞬間。
その場にいないとわからない感動がある。

それは圧倒的な芸術を目撃したような気持ちにも似ているが、
それよりもっと純粋で、もっと主観的で刹那的なもの。
自分が気に入った音をまっすぐに楽しんでいる結果として、そこに凄みが生まれる。

誰かのためではなく、自分が楽しむ事を突き詰めた結果なのかもしれない。
そう考えてしまうことが雑念とすら思える純粋で潔い音を楽しむ場、時間。


「ほら、おいでよ」
「こっちはこんなにたのしいよ」
と言わんばかりに。



今宵も素晴らしい時間でした。
ありがとう、otto & orabu.



こちらは昨年のグッドネイバーズジャンボリーでのLIVE


2013/03/04

マッチングとは何ですかね

いや、別に否定するわけではないんですが、正直どういう具体策があるんだろうと思いまして。
マッチングって言葉の具体的なアクションとして。
プラットフォームという言葉も似たように使われるんですが、
本来プラットフォームとは
「電車・列車への乗客の乗り降り、貨物の積み下ろしのため、線路に沿って築いた駅の施設」という意味であり
ITにおいては、ハードやソフトの基盤となるものを指すわけです。
つまり、何らかのツールやモノの流れの中心にある土台的なもの、と言えると思います。

企業と学生をマッチングとか、クリエイターと企業のプラットフォームにとか
大枠のコンセプトとしてはまったく否定するものではなく、賛成だと皆思うのですが
「それって実は超泥臭いぜ」と思わざるを得ない。

マッチングをしたい場合は、お互いに良く知らないAとBを何らかの接点で結びつけるということが想定されます。
ということは、マッチングする人はAとBについてよく知らないといけない。超当たり前ですけど。
簡単に言えば、仲人みたいなもんでしょう。ルイーダの酒場的なものかもしれません。
これが、A属性100人とB属性100人になると、単純によく知っているだけでは通用しないでしょう。
何か基軸を持って、志向や趣向を設定しないと、一人一人照会していったら時間を無限に消費します。

よし!そうだ!データベースをつくろう!
となるわけです。


マッチングをするためには
1.異なる2つ以上の属性を
2.ある一定数以上集め
3.ある基準に基づき
4.並べられる
という条件が必要そうです。

場とかWebとかはツールに過ぎない。
でさ、マッチングが必要!と言って、皆が「そうだそうだ」って言ってるとして
『なんで、そのしくみが今ないのか?』
と一拍おいて考えた方が良いと思う。

あとは、先ほど上げた4条件を満たしているのに
そこまでマッチングにつながらないものもあるのです。

大手ナビサイトとかね。

一方で、日本仕事百貨とか東京R不動産みたいな
別の切り口でマッチングをつくっているサイトもあるわけです。
切り口とは、買い手のニーズをとらえた基準/志向のこと。
マッチングは結局のところ、売買なんですよね。
スキルを売る人、労働契約を結ぶ人、などなど。
そういう意味では対等ではないことも多い。フェアではあるべきだけど、パワー関係はできちゃう。
そこをオフバランスさせるのが、マッチングする人やプラットフォームなんじゃないかなー。
安心感というか、信用というか、守られている場というか。

と久しぶりに雑感を走り書き。

2013/01/26

世の中の流れ:スタートアップとデジタル

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。
って、もう2月ですね。
今年は定期的に文章を書いていきたいところです。
アウトプットを地味に積み重ねる。
うん。最も苦手とするコツコツ系なので、三日坊主が予測されます。

という訳で本日のテーマは
・世の中はどう変わっているのか。
・また、そこでどんな力が求められるようになっているか。
と漠然としたことを考えてみます。

僕は高校生や大学生の前にたって、
社会人基礎力のようなものを教える、
否、身につけてもらう授業をしていました。

それには、正解などありません。
言ってしまえば、“僕”が思う社会人基礎力です。
それは、難しいと同時に、大きな責任があります。
僕が伝えられることは、考え続ける事や行動し続ける事、学び続ける事など
終わりがない世の中だと感じてもらうことだけでした。
僕にその言葉を体現しないと、ウソつきになってしまいます。
そんな意味でも、僕は考え続けたいと思っているテーマなのです。


そもそも求められる能力なんて、一般解を求めれば、
聞こえの良い抽象的な言葉が多くなってしまいます。
もちろん、優れた言葉を持つ人もいます。
しかし、その本質的な言葉は多くの背景や思考跡がなければ、
受け手にとって、希薄なものになってしまうこともしばしばです。

なので、まずは背景的な部分や見えにくい流れをちょっと考えていこうと思います。


世の中、それは何でどう変わっているか
世の中、社会、国家、実は非常にぼやけたもので、実態があるようでないようで
とらえどころのない言葉、概念です。

働くという文脈で言えば、
自分が生活する身の回り全ては誰かの仕事によって成り立っています。

今、この文を読むために使っているパソコン、スマートフォン、携帯電話、タブレット。
それはどこかで誰かが考え、どこかで誰かが作り、どこかからそこへ誰かが運び、今そこにあります。
部屋の電球、棚、マフラー、コート、食器、靴、扉、ドアノブ。
構築された世界の裏側には仕事が存在します。

仕事とは、誰かにとって意味や価値があることです。
それをビジネスと言えば、その意味や価値が換金されるものと言えます。
例えば、道路を舗装することはそこを通る人にとって、意味があることですが
それを直接負担しろと言われても困ります。
なので、税金をとって、それを再分配しているわけですね。
いやぁ、国って仕組みは凄い。


過度なビジネス信者は、物事を換金可能性でしか見れません。
確かに飯を食うためにお金は必要だし、誰かがお金を払う≒価値あることだと言えます。
しかし、世には、お金では測れない価値や、換金できない意味があります。
それは理想論や綺麗事ではなく、事実です。
それに、ただ儲かるだけで、仕事に矜持を持てますか。

逆に行き過ぎた平和主義者、反ビジネス論者、反資本主義者は
ビジネスの可能性を根拠乏しいままに真っ向から否定します。
こういった方々は聞こえが良い言葉が大好きで、平穏志向なはずですが
なぜか原理主義に陥り、自分たち以外を排除しようとします。
そして、貨幣を否定したりする癖に、お金をもらう仕事をやり
普通にご飯を食べていたりします。別に自給自足したりしません。
あとアフィリエイトとかしたりしますね。
矛盾を抱えているフラストレーションが外に向いているのかもしれません。


ちょっと批判っぽくなってしまいましたが、
バランス感覚を持とうという結論でここは閉めます。

若者におっさんは、「世の中そんなに甘くないぞ」と言ったりしますが
世の中は思っている以上に厳しい部分と、思っている以上に甘い部分が混在しています。
甘い汁を啜りたい放題な方々がいらっしゃるのも事実。
そこを目指したくないし、目指してもらいたくはないですね(誰にや・・・

さて、ここら辺からもうちょっと具体的に書いてみます。

1.スタートアップ(起業)は流行っているの?

twitterやFacebookが普及した頃からでしょうか。
ソーシャルゲームが流行り始めた頃からでしょうか。
スマートフォンやアプリが当たり前のものになりつつあるからでしょうか。

なぜかベンチャーがスタートアップとリニューアルして流行っているとのことです。
しかし、実際はアプリやソーシャルサービスにチャレンジしたけど、
マネタイズが・・・・

というか、まぁマネタイズって何。
今まではサービスやプロダクトを提供し、その対価としてお金をもらうWebビジネスや
PVを集め広告モデルで稼ぐWebメディアなどがメインでした。
しかし、フリーミアムの考え方が普及してきた頃から、Webサービスのコストダウンもあり「無料で使えるユーザーをたくさんつかまえて、一部にお金を払ってもらう」というモデルがちょこちょこと増えてきました。
とは言っても、このモデルは無料ユーザーはかなりの規模で囲い込んだり、有料への導線をしっかり設計しなければ、実は難しいモデルです。

そこをよく考えずに、「このアプリいけんじゃね」的なアイデアと突破力的なものに
シードアクセラレーターという少額出資ファンドがお金を出すわけです。

このアクセラレーターの方がブームなんじゃないか?というほど増えています。
Web関連でそれなりに儲けた会社が投資部門を独立させたり、
大企業が自社で新規事業を育てるよりも子会社としてアクセラレーターをつくり
文字通りシード(種)を発掘したり。

そういう意味では、起業のハードルは下がっていると言われています。
しかし、エンジニアというものづくり人材を起点とするので、
デザイナーやビジネス開発ができる人間という組み合わせが重要だと言われたり、言われなかったり。肝はサービスのアイディアよりも、チームビルディングなのかもしれません。

まぁ、ググったらわかることなんですが、閉じるサービスやアプリの多いこと多いこと。
こういったWeb業界の「とりあえずリリースして、フィードバックがあれば直す」的な誤ったリーンスタートアップ的な考えは、よく炎上につながります。
簡単に言うと、軽いノリなのです。しかし、それはしょうがない。
取り組んでいる部分が、「なければならない」ものではなく「あったらいいかも」の種類だからです。
なので、非WebとWebの叩き合い、炎上というのは一昔前に流行ったバカの壁ってことです。


最近は、正しくリーンを読み、それなりのクオリティを持ったプロダクトを出す、であったり、マネタイズを意識して事業をスタートするという傾向にあるようです。
当たり前と言えば、当たり前なのかもしれませんが。

逆に、マネタイズをせず、ユーザーをそれなりに多く集めて、大きな会社に買ってもらうというエグジットもあるようです。
インスタグラムがFacebookに買収されたり、日本でもソーシャルゲームやマッチングサービスが大きめの会社に買われたりしていますね。
それも価値の換金なので、ビジネス的にはアリなんだと思います。

そんなこんなで、スマートフォンやタブレットの普及はまだまだこれからなので、
この分野のスタートアップはまだまだ続くと思われます。
特にiOS VS Androidに非常に注目が集まるところ。
タブレットの様子を見ていると、この分野でAndroidが巻き返し、プラットフォーマーとして
より確固たる地位を築くのかもしれません。うーん、ネクサス7欲しい。

現状もそうですが、アプリの開発やスマーフォンでのサイトデザインにおいて
人材は不足しています。
数値的な根拠は引っ張ってきていないのですが、ざっくり求人を調べても分かるかと思います。
英語よりも、プログラミングを学ぶべき時代です。
とは言いつつも、プログラミングは英語なので、結果的にやっぱり英語も必要ですね。


という訳で、Webやデジタルに話をシフトします。

2.Web、インターネットは何を変える?

まず、EC。もはやネットのスーパーも出てきているし、
コンビニよりもコンビニエンスになりつつあるEコマース。
スマートフォンで出店作業ができるサービスもいくつか登場し、
その課金も格安である。
どのプラットフォームを使うかもあるが、誰でもネットショップを持つ事ができる時代なので、リアル店舗でやる人はリアル店舗の価値を存分に引き出すことが求められる。
特にただ安いだけだと、それはネットに置き換わる可能性が高い。
単純に店舗より倉庫の方がコストが低いし、人件費も低くなるし、
商圏がまったく異なるから。もちろん、競合も多いけどね。

また、携帯やスマホでも高画質な画像が撮影でき、ちょっとした加工ができたり
気軽に転送できたりすると、デジカメは存在理由をなくしてしまう。
プリントカメラからデジカメに起きたシフトは、異業種の競争でまた変化しつつある。
そんな中、一眼レフが少しブームであったり、デジカメにWi-Fi機能をつけたものが出たりしている。

違う視点を言えば、ソーシャルメディアでの炎上騒動がとても増えた。
これは飲酒コメントや軽犯罪自白的な“友達と飲みながら話す”レベルを公に発信してしまうことが原因のほとんど。
ITリテラシーや情報リテラシーと言ってもいいのだが、Webの適切な感覚、自分の知らない部分への想像性が欠如している。
もはや、情報の取り扱いやWebのお作法は義務教育に組み込むべきところまで来ているのではないか。
しかし、そもそも先生がこういったリテラシーについて理解していないため、現場には期待してはいけないのが事実である。
学校では、いまだに一太郎が使われていたりする。懐かし過ぎて、思い出すのに10秒かかる。

リテラシーの差は広がっているが、それ自体が経験知であり、暗黙知であるため、
伝達しにくい領域なのかもしれません。

ECからの流れで、炎上の話になりましたが、電気自動車の開発はWebと関係が強くなりそうです。
smart tvやsmart carのコンセプトは、Web技術を活用した利便性の刷新がポイントだと感じています。
例えば、smart carであれば、利用者の顔を認識し、エンジンを入れるとクラウド連携し、目的地へ誘導してくれたり。
Webで培われた技術が自動車をより自動にしていく可能性が高いのです。
テスラに乗っている人のブログなどを読むと、その凄さがひしひしと伝わってきます。
また、カーシェアリングでも、iPhoneアプリで鍵機能を果たし、予約が簡単にできるようなサービスもあります。
あげていけば、サービスは細かい説明になったり、これから論は半分妄想になるのですが、決定的な違いとして
今までは「Web的なものが使えると便利」だったのが
これからは「Web的なものが使えないと圧倒的に不便」な時代になっていくということです。
しかし、タンジブルビット(触れる情報)も進んでおり、
キネクトやleap motionにそういった技術コンセプトが生きていると思います。
AppleのUIでもわかるように、説明がなくてもわかるデザインやテクノロジーが求められています。
この領域では、人類文化学、人間工学、感性学、社会学、生物学、など様々な視点から、
使いやすいことを科学し、検証し、実現するデザイナーが必要となっていくと思います。

で、この流れでソーシャルビジネス、インクルーシブなビジネスについて考えたかったけど
続きは次回ということで。

書きながら、カールスバーグ飲んでたら、うますぎて 買ってしまった。。。

 

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