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2014/03/13

岐路



悩むと考えるの違いについて。そんなことを考えるメタ認知的な気持ち。
行き着くべき答えになかなか行き着かず、もどかしい。
悩むのではなく、迷っているというのが実態かもしれない。
正解を選ぶのではなく、選んだ答えを正解に変えていくような心持ちでいながらも
選択肢によって最大効果は規定されていると強く思い、ブレる。

抽象的に書いてしまうのは、論点をぼかしたいから。
具体的な事実や行動をもとに話をすると、矮小な自分が明らかになる。
それが明確になることが恐いのだろうか。

ならば、何故ぼくはキーボードを叩いて言語化しているのだろう。
書く事で整理できると思っているからか、
今の迷いをできるだけ忠実に書き留め、未来の自分に振り返りさせるためだろうか。
なぜ自分のノートに書き記すのではなく、オープンなブログに書くのだろう。
facebookに投稿して、承認を得ればいいのではないか。
と書きながら、思考して、言葉にしている。


今日見に行った「状況の配列」はパーツを再構成と配列による“世界の見方の切り替え”だったと思う。
久々に声を出して興奮してしまった。もうちょっと考えて見るよ。
既に答えは出ているのだけど、そこに納得いくまで迷いと思考と言語化を繰り返してみる。

自分のナイーブさに嫌気が指しつつも、しょうがないと思いつつも。 

2014/01/26

広告は無視するし、スマホは使いすぎる

最近、行動観察にハマっています。というのも、昔からよく人が何をしているか、何を身につけているか、何を見ているかといった事を観察しているのですが、この頃そういう視点を持たずボーッとしてるなと思い、キョロキョロ見ています。

そこで一つ気になったのが、スマートフォンの"存在感"です。今では普及率が25〜30%程度と言われています。大学で講義する際も手をあげてもらうと、過半数がスマホを持っています。年代分けしたら、若年層に寄ってるかもしれませんね。日本においては、キャリアと契約して、「携帯電話」を使います。パカパカケータイ、ガラケー、フィーチャーフォンといった前の「携帯」からスマホに移る訳です。ツールとしてのスマホ。ただ、ビジネスサイドから見ると、スマホはメディアになります。ガラケーでも変わりませんが、出来る事が広がっている(画面が大きいのいうのが一番かも)

福岡市内には、バスシェルターというものがあります。バス停がおしゃれに囲ってあるんです。
MCDecaux(エムシードゥーコー)という三菱商事とフランスの屋外広告会社 JCDecauxの合弁会社。
http://www.mcdecaux.co.jp
そのシェルターに大きな広告板があります。OOHの一種です。
http://www.mcdecaux.co.jp/cityscape/

このOOHに巨大なポスターがスクロールされて、一定時間見る事ができます。
けっこうお洒落だし、見ていて面白いものが多いんですね。ところが、よく見て見るとバスを待つ人々はそんなの一切見てないんです。自分のスマホを覗き込んで、スワイプしている。これは電車やバスの中でも同じ。みんなスマホを見ている。吊り広告とか一切見てない。認識すらしてないんじゃないかというほど。操作しながら歩いている人も結構いるし、これ危ないよね。ACのCMでも危ないって言ってた。おそらくOOHみたいなメディアは認知が目的で、場所であれば利用者数がどれくらいいるかがメディア指標になると思う。もちろん、広告内容を見るとナショナルクライアント(特に飲食系)が多いから、クロスメディアで色んなところに出しているとは思う。単純な[利用者数=見る人]ではなく、[利用者数×認識する率]みたいなものが正確な指標になるのだろう。

あれ?認識してなくない?と強く思う訳です。それは場所の問題もあるかもしれないけど、“広告”と識別されると人はそれを無視するような行動をとるようになっているんだと思う。僕みたいな物好きは「これおもろいなー」とまじまじ見たりするけど、みんな忙しいし興味ないから認識する前段階で「もういいや」ってなっている。推測だが、広告掲載領域をさけているのだと思う。テレビをみていて、CMだからトイレいこう!みたいな感じ。広告やプロモーションをしていると大変だろうなとしみじみ思ったのです。どんな仕事でもその要素はあるので想いは近いかもしれないけど。

スマホが生活に密着して凄いという部分もあるし、旧来的な広告が通用しないということがあるかと思います。そして、ビジネスマンとして普通に考えると、スマホへの広告シフトしておくべきだ!となる。ターゲットが見ているメディアにきちんと出稿し、検索するであろうワードにリスティングかけておこうと。

もちろんそれは凄く真っ当で正しい。けど、スマホにそこまで中毒状態になって大丈夫?という一つの見方もあります。ソフトを直接触る事ができる身体性もそうだし、中に入っているアプリケーションを通じて色んなコミュニケーションが取れる。ツールを使いこなすことは良いけど、ツール依存はちょっと違うお話。自覚して、コントロールしないと意味がない。

テキストでやり取りするのではなく、直接会って話す。
綺麗な写真をおさめるのではなく、風景と時間をたのしむ。
ユーザーとしては、そういうスタンスが大事なんじゃないかと思うのです。

とは言え、これはメディアとして有効だからガンガンいくべきだ!と思う自分もいて、矛盾してんなと。そんな感じで終わります。

2013/11/10

ミッションをどこに忘れた?

何のために仕事をするのだろうか。
そんな話をすると、当然のように給料や仕事のやりがいについてに話はスライドしていく。

確かに大事な事なんだけどさ。
わからないけど、ウソで表面をコーティングしたような言葉に聞こえなくもない。

どんな作業も工夫すれば、付加価値がついて、変わる。
それも正論。最もな正しいこと。

「自分にしか出来ないこと」なんてそうそうない。
探せば誰にでもあるだろう。自分が周りと比較して得意なこと。
でも、それだけやっていればいいという訳ではない。

と考えていくと、こっちも筋が悪い。
青い鳥症候群かのようで、お前はピーターパンかと疑いたくなる。

考えた結論としては、組織が個のコラボレーションの上に成立しているか?ってこと。
ミッション、使命感を持って何かに取り組むというのは、誰もができることではない。
できると思っていたんだけど、そうじゃなかった。

つまるところ、具体的には金になるからやるってのが仕事の大半だ。
これは汚い事でも卑下される事でもなく、とてもわかりやすい事実。
ここを批判するヤツはお金の指標性、信用性、諸々何も理解していない。

話がずれている。コラボレーションとミッションの話。
ミッションというのは、この船が何を目的に出航しているかということ。
ビジョンってのはゴール地点。いや、未来の通過点かも。

ミッションというのは、そこに運ぶ役割。
何を為せば、何と闘えば、何を解決すれば、そこに辿り着くのか。
課せられた、降りてきた、命とは何か。

船員は、個の積み上げで船を動かす?
協働し、共創する?

船におりてくるミッションを自身と同化するのが船長である。
キャプテンの役割。

それと同調するスタッフも居ていいが、皆がみんなそうではない。
だから、コラボレーションなのだと思う。

個としてそこに生きる事に有機的な意味を持たせる。
自分の何かと誰かの何かが結びついた瞬間、
1人では生まれなかったものや力が生み出される。

ぼくはそれもイノベーションと呼んだりするんじゃないかと思う。
リーダーシップって、場面ごとに発揮する人が違うんだと思う。
船員誰もがリーダーシップを持ってよい。発揮してよい。

そうそう。リーダーシップが引き起こすコラボレーション。




あれだけ、念仏のように唱えていたミッションはどこにいった?
ぼくはどこかに置き忘れたのか?
最近、何かがない、自分のコアがない、と急に不安に苛まれる。

自分の立ち位置をミッションでしか表現できないとしたら、
それは何て不安定でいて、尖る生き方なのだろうか。
そんなことないんだろうけど。

何書いているのかわかんなくなったけど、
魂を燃やそうってことですね。

2013/03/04

マッチングとは何ですかね

いや、別に否定するわけではないんですが、正直どういう具体策があるんだろうと思いまして。
マッチングって言葉の具体的なアクションとして。
プラットフォームという言葉も似たように使われるんですが、
本来プラットフォームとは
「電車・列車への乗客の乗り降り、貨物の積み下ろしのため、線路に沿って築いた駅の施設」という意味であり
ITにおいては、ハードやソフトの基盤となるものを指すわけです。
つまり、何らかのツールやモノの流れの中心にある土台的なもの、と言えると思います。

企業と学生をマッチングとか、クリエイターと企業のプラットフォームにとか
大枠のコンセプトとしてはまったく否定するものではなく、賛成だと皆思うのですが
「それって実は超泥臭いぜ」と思わざるを得ない。

マッチングをしたい場合は、お互いに良く知らないAとBを何らかの接点で結びつけるということが想定されます。
ということは、マッチングする人はAとBについてよく知らないといけない。超当たり前ですけど。
簡単に言えば、仲人みたいなもんでしょう。ルイーダの酒場的なものかもしれません。
これが、A属性100人とB属性100人になると、単純によく知っているだけでは通用しないでしょう。
何か基軸を持って、志向や趣向を設定しないと、一人一人照会していったら時間を無限に消費します。

よし!そうだ!データベースをつくろう!
となるわけです。


マッチングをするためには
1.異なる2つ以上の属性を
2.ある一定数以上集め
3.ある基準に基づき
4.並べられる
という条件が必要そうです。

場とかWebとかはツールに過ぎない。
でさ、マッチングが必要!と言って、皆が「そうだそうだ」って言ってるとして
『なんで、そのしくみが今ないのか?』
と一拍おいて考えた方が良いと思う。

あとは、先ほど上げた4条件を満たしているのに
そこまでマッチングにつながらないものもあるのです。

大手ナビサイトとかね。

一方で、日本仕事百貨とか東京R不動産みたいな
別の切り口でマッチングをつくっているサイトもあるわけです。
切り口とは、買い手のニーズをとらえた基準/志向のこと。
マッチングは結局のところ、売買なんですよね。
スキルを売る人、労働契約を結ぶ人、などなど。
そういう意味では対等ではないことも多い。フェアではあるべきだけど、パワー関係はできちゃう。
そこをオフバランスさせるのが、マッチングする人やプラットフォームなんじゃないかなー。
安心感というか、信用というか、守られている場というか。

と久しぶりに雑感を走り書き。

2010/11/16

目を閉じて。歩きながら。

目を閉じて、音を聴こうと神経を集中させると、見えなかった音に気付いたりする。
雑念が取り除かれて、集中できたりする。

目が見えるという当たり前の生活に埋もれていた何かに気付いたりする。

何の目的もなくぶらぶら歩く。
歩きながら考えると、思考が捗る。いや、アイデアが浮かぶといった方が適切かも。
車や自転車だと考え事をしてると危なくて、かといって机に座って考えても“新しい何か”は浮かんでこない。

歩くという身体的な動作が心と頭と感覚を働かせてくれる。

1秒ごとに変わる景色が脳を刺激する。

あえて、iPodのイヤフォンなんか付けずに。

自然の、周りの音を耳で拾う。

落ち葉をごみとして処理するのでなく、土に還して養分にするように。

散らばっている世界の破片に色付けをしていく。


感度を高めて、感性の入り口を拡げる。

狭くなりがちな視野には、そんな処方箋が必要なんだなぁと感じた。

ランサー