2011/04/29

参加“意識”って何だろう?



参加意識はどうやったら生まれるのだろうか。
多くの“活動”と呼ばれるものが、組織内での「意識や行動」のズレに頭を悩ませる。
サークル活動、課外活動、会社活動・・・

このズレはその組織(グループ)で、当事者と傍観者に分かれているからだと僕は思う。
傍観者と当事者の大きな違いは参加意識の有無にあり、
その意識に基づく行動において大きな差が生まれてくる。

受動的な行動と能動的な行動はまったく生産性が違う。
言われたこと(ワーク・仕事)を100とすると、前者は8090になり、後者は110120になる。
前者はどんなに精度を高めても、天井が決まっているから100を超えることができない。

というけっこう自明なことを整理してみたのだが、
本題は「参加意識を持ってもらうにはどうすればいいか」である。


一言で言うと、「目的を持ってワークすること」だと思う。
ワークするとは、頭を働かせること、手足を動かすこと、体を動かすこと。
それでもまだ抽象的なのだけど、それよりも重要な「目的を持つ」ことについて。

イソップ寓話に「3人のレンガ職人」の話がある。
子供が3人のレンガ職人に「何しているの?」と尋ねました。
1人目の職人は、「レンガを積んでるんだよ」と答えた。
2人目の職人は、「壁をつくるのを手伝っているのさ」と答えた。
3人目の職人は、「大聖堂を建ているんだよ」と答えた。



同じワークをしていても、目的を持っていたり、全体像を把握していたり、
と意識(頭の中)に差がある。
ただ、これはいきなり「3人目を目指せ!」が正解かというと、そうではない気がする。

「レンガとは何か、どうやって積んでいくものか」を知らない人が
大聖堂を意識しても、しょうがない。

本当の一番最初は「レンガを積めるようになること」、
それができるようになる頃に大聖堂を意識できるといいのかもしれない。
という意味では、「目的を持ってワークすること」よりも
「ワークしながら目的を見つけること」方がより正しいと言える。


もう一つ、別の視点。
参加意識というと、僕の中ではワークショップが想起される。

ワークショップはまちづくりや教育において、
よく使われる有名な手法で、直訳では“工房”という意味を持つ。

似た言葉である“工場”が
「何を作るかが決まっており、作るプロセスを効率化する場」であるのに対して、
“工房”は「何を作るかから決めてつくりあげる場」である。

これを学びに例えてみると、
この時間で「何を学ぶかを自分で決める場」こそがワークショップではないだろうか。

誰かからもらったヨソモノの目的ではなく、自分が当事者として考える等身大の目的。



目的を自分でつくることこそ、傍観者から当事者へ変わるきっかけなのかもしれない。
といいつつも、実際問題として「目的をつくりましょう!」と言われても、
それこそ「目的をつくる目的は何ですか?」という問いが生まれてくる。

「目的や夢をつくろう、持とう、決めよう」という雰囲気・気持ちになることでしか、
純粋な目的は生まれないのかもしれない。

ならば、ワークショップとはつくるものを指示せず、
目的を引き出す・整理してもらうように踏み出す雰囲気づくりではないだろうか。

雰囲気と呼んでいる“もの”を「場」と言い換えても通じるように思う。


働きかけずに、働きかける。
直接ではなく、間接的に自走させること。

ワークショップだけが唯一解の解決策なのではなく、
そういった場があること、それを設計する人がいることが本当の意味で大切だと思う。

2011/04/25

1年前を思い返して、気付いたり

僕は1年前、大学を卒業して旅に出ていました。
別に、自分を探しに!というわけではなかったのだけど、
もっと色んなことを知りたくて、色んなものを見たくて、九州をまわっていたのです。

ちょうど一年前の今日(4月25日:日曜日)
熊本の人吉から鹿児島に来たのでした。

旅に出たのが、4月11日。
2週間目にして、鹿児島にたどりついたのです。
旅は合計21日だったので、
鹿児島以降はけっこう急いでいたような覚えがあります。


知覧にいく。
桜島を見る。
大隈に廃校を見に行く(これだけアポがありました)

あの時、カーナビを見ながら通過した道路。
駐車場を探そうとウロウロした道。

僕はそこに住んでいるのです。
当時に立ち返ってみると、すごく不思議です。

その時、僕は鹿児島に住んで、鹿児島に住んでいる人たちと接し、
鹿児島という土地で生きることをまったく想像だにしていなかった。

今の仕事だってそう。
そのときには、影も形もなかった。

そのときの自分には何があったのだろうか?
僕は一年前、何を思い、何を考え、何を感じていたのだろう。

そんなとき、twitterでつぶやいていた言葉が記憶を引き出すキッカケとなって、
当時の状況を思い出させてくれるから、これまた不思議です。

1年という時間を経て、
出会った人たち、
お世話になっている人たち、
声をかけてくれる人たちに
ちゃんと感謝したいなと想いが芽生えています。

出会いや感謝という言葉は気恥ずかしいのだけど、
そういう言葉しか思いつかないのだから仕方ないのです。

自分にできることをやる。
自分の役割を果たす。
自分の力を信じる。

Iという主語を用いて語ることも大事なのだけど、
その言葉に目の前の人を含めることが大事なのかなと思う。

可能性を信じる。
僕が忘れずにいたいこと。

未だ来ていない事実を見通す。
誰かの可能性のために、自分の可能性のために。
楽しむことを忘れずに。

ふと、そういうことを思い、考えた夜でした。

2011/04/04

走り抜けていく季節

春というのは、よく言われるように出会いと別れの季節です。
年度という区切りを境目に、どこかへ行く人、どこかから来る人、散る仲間、集まる仲間。
ご縁があるというけれど、つながりを僕らは縁と呼ぶ。
奇しくも季節は、桜の花が散り、緑が生い茂る季節へと徐々に移り変わる。

新しい緑との出会いを縁といったのだろうか。
そんなことをふと考えます。

僕の場合、新年が明けるタイミングよりも、
年度が変わるこの時期のほうが気持ちが昂ぶるような気がします。

去年の今は、何も決まっておらず、どういうチャレンジをしようかというパッションの前に、
果たして自分は何かできるのだろうかという不安がありました。

地元で地域おこしというものに関わるのか。
どこか違う国に旅立つのか。

僕はたまたま九州を見て回ろうと旅立ち、そこで偶然の出会いに遭遇しました。
それを偶然というのか、必然というのかはわかりません。

ただ、縁もゆかりもない鹿児島という地に来ようと思った正直な理由は覚えていません。

おそらく僕の直感は「このチャレンジは今、ぼくがすべきチャレンジである」と感じたのでしょう。

鹿児島に来て11ヶ月。そろそろ1年がたとうとしています。

僕はチャレンジできていたのだろうか?
等身大の挑戦だと思いつつ、小さくまとまっていたんではないだろうか?
何も為せていないんではないか?

不安というよりも、確かな何かを求めていたように感じます。

そんな漠然として想いを抱えていた中、先日ある起業家との出会いがありました。
リスクをとって戦うこと、ビジョンを純粋に追求すること、徹底ラインの徹底。

ぶつけられた生き様に打ちひしがれていました。

なぜ、僕はやっていないんだろうか?

そして、ある言葉を思い出しました。
「支援者ばかりで、プレイヤーが少なすぎる。」
「10年後がわかるやつと付き合っても面白くない。君は10年後どうなっているだろうか?」

そんなかっこいい背中を思い出しました。
その人もまた、リスクをとった起業家でした。

僕は起業家という職業ではなく、生き方に対して共感し、憧れを抱いているのかもしれません。

「自分のやりたいことをやる」
これは下手をするとただのエゴでしかありません。

仕事としてやりたいことをやる、というのは、誰かが求めていることという前提が絶対です。
前提が明らかなではない状況でも、間違えるリスクをとって攻める。やってみる。

もちろん取り組みたいテーマや問題意識もあるけど、自分の立ち位置みたいな話だと思う。
ファーストトラッカーなのか、フォロワーなのか。

そんなぐちゃぐちゃを考える前に、自分は自分が考えたことを誰よりも早くやりたいと思った。
屁理屈よりも、そっちの方がある意味ただしい。

文章としてまとめる気も、メッセージを明確にする気もない。
ただひたすら、この今一瞬を、この季節を、この時代を、しっかりちゃんと走り抜けたい。

ランサー