2010/11/06

8月後半のツイート

完全に自分向けのメモです。
8月16日~31日のツイートを編集。


ローカルがスタンダードになる意味が少しわかった。都市にまみれたマインドセットは人を不幸にする。人をROIで生きているわけではない

終戦記念日。負けた者に発言権はないし、歴史を上書き保存される。平和や戦争反対を感情的に訴えるだけではなく、歴史を見つめ直し、戦わずにして勝つ国家をつくらなければ意味がない。戦争の定義はフィジカルな領域から、ビジネスやバーチャル、ソフトに移行しつつある。その戦争に負けてはならない。

ソフトのソフト。ハードを活かすソフトを機能させるソフトスキル。コミュニケーションの繊細さ、アクションの大胆さ、コンセプトの明快さ。

働き始めて思うこと。アクションしてなんぼ。お客様になってもらう。人の悩みどころに対して、価値を提供する視点。“考える”や“賢い”が価値創出につながるとは限らない。“感覚”や“信頼”、“汗のにおい”が人を動かすことも多分にある。総合格闘技の要素に近い。

働き始めて思うこと2。考えをフル回転させる。お客様の状態やニーズ、期待、立場、人間関係、など想定される要素については全て考えておく。咄嗟の対応に耐えられる下準備は地味だが、確実に意味のあること。ベースにあるのは、相手視点にたつ“おもいやり”。感覚的なことにも気を遣う。

解決策をハードでやろうとする人は、偏差値的思考力が高い人に多い印象。ソフトに傾倒しすぎるのも仕組み化しにくいから、持続性がないので問題。よって、問題のタイプによってバランスを変える。一概にハードの上にソフトがあるわけではなく、ソフトの上に成り立つハードもある。

人は「自分事」情報のツイートを見ると、RTする傾向あり。共時性×共感。

イベントをする際は、主語でセグメントするんじゃなくて、動詞でセグメントしたほうが良い。

自分の中に、眠れる獅子がいるならば、それを起こす努力をすべき。例え獅子でなくとも、牙くらいあるだろう。爪くらいあるだろう。それを研ぎ澄ますことで武器にする。死なない内に戦い慣れすることが、戦いに勝つ力を与えてくれる。戦略的に戦闘を積み重ねるべし。

体系的なスキルセット、マインドセットについての教育ニーズあり?働き始めると、アウトプットにつながるインプットニーズが強くなるものの、個々人での取組では分野や興味が偏る。体系的、つまり整理整頓された情報に対しての欲求が刺激される。(仮説)

埋めきられたジグソーパズルに興味は湧かない。欠けたピースを埋めるから、楽しいのだ。つまり、欠点とは魅力であり、完成体が必ずしも魅力的であるわけではない。

ネットワーキングのためのネットワーキングはすぐに陳腐化する。つながりが面倒に変わるから。人はおもろいと思うから、新しい誰かと会い、話し、つながる。誰かと誰かをつなぐ場合、両者の背景を知っているからこそ繋げやすい。ネットワーキングの前提には、今ここに至るまでの道筋の共有が必要。

ブログは「投稿」ボタンまでにいくつかの障壁がある。ツイートはあまりない。自制できなければ、暴走する発信ツールではある。ただ、玉石混交状態であっても情報公開をすることで、背景のシェアにつながる。これがソーシャルメディアと現実をつなげたtwitterのパワー。

現実との距離が近いWEBツール。RTで発信された情報が拡散する伝播性。ローカルメディアはソーシャルメディアを有効に使える立ち位置にいる

起業家は学校ではなく、市場でしか育てられない、と昨日つぶやいた。しかし、逆に考えれば、教育現場に擬似市場をつくれば、起業家を輩出する仕組みになるのでは?今の仕事とリンクして、脳みそがスパークしてきた!

この世は舞台、人は役者。役割を果たすことが世界を動かす。

フローからのマスタリー。

戦略なき戦闘は無駄死に、戦闘なき戦略は絵空事。戦術だけでは策におぼれる。戦略と戦闘をつなぐ戦術が闘いを勝利へ導く。

木の葉を見る繊細さ。森を観る大局観。木を間違えない優先順位付け。

イノベーションは目的でも手段でもなく結果である。“何か”を変えようとあの手この手試行錯誤した結果、異質が組み合わされ、古い世界がガラッと崩れ、新しく世界が一気に拡がる。変えたい何かがあるのか、異質な協働への素地があるのか、世界を壊す覚悟があるのか。

地域の真実はシンク ローカル、アクト グローバル。

反省をバリューに変換する。話すこと、伝えることにはパワーが必要だと痛感。ソフトで入り口をつくるのは前提で、パーフェクトなハードをつくるのがコア。休まず、前へ進もう。

日が落ちた夕方七時前。普段と違う道。信号待ちで、辺りを見回す。“涙そうそう”がかかっているボロボロの八百屋。なんだかせつない。さびれた街。リセッショニスタみたいに後退を楽しむのも1つの生き方。ふと郷愁の想いに駆られる。音楽はさみしさを乗せていた。

綺麗に片付けられたものに美しさを感じても、それが愛おしさと同義にはならない。判断する感覚野が違う。無造作に愛おしさを感じるのは、そこにあるがままの気高さを見出すから。自然体ほど流れる美はない。静的であり、動的でもある。たまたま視線に切り取られただけのワンシーン。

風は突然のように目の前を通り過ぎる。その後には残り香すらない。自身は通過点に過ぎない。一部だから。全部がどこにあるかと言うと、わからない。始まりも終わりも無造作。然るべき通り道。存在も実体も確かめる術もないまま、自分の感覚だけを頼りに思い出す。

コミュニケーション戦略といいつつも、レイヤーとして戦術ぐらいのレベル感が多いのでは?とふと思った。戦略レイヤーなら、ブランディングの要素が多分にある。ステークホルダーとの全ての接点をデザインして、初めて戦略だと言えると思う。

先が読めない状況の中で、組織の中にはびこりがちな不安感を払拭できる「明るさ」。一方で、短期、中期、長期といった複数の時間軸を見渡しながら、冷静に状況を判断し、「深く読むべきこと」と「読んでも仕方のないこと」を切り分けられる「知恵」。
自らとタイプの違う異質の人材を活用し、さらに自分の目的達成だけではなく部下の自己実現を支援することで、より強いモチベーションを持ったチームを作り上げ、動かしていける「懐の深さ」。リーダーの条件について(御立尚資)

# 今から黒船。完全に戦闘モード。
# 22:04  にくたべすぎた。
# 22:06  黒船に勝たなきゃ、日本に未来ないわ。
# 22:12  若造なりに思うことは多々あるわけで。愚痴っても世界はまわるし、変わらない。
# 22:20  愚痴を言うのは簡単なんですよ。弱さを誰かが受け止めるから。でもね、弱さを外に出してばっかだと、自分が向き合うべき弱さがなくなるんです。弱さと向き合えないヤツは強くなれないんですよ。だから、いつまでたっても弱いまま。
# 22:46  マルチョウという名の弱音を吐きそう。

客観的なコンサルタント、主観的なアントレプレナー。自分は何者になるんだろうな。
物事を概念化してシンプルにモデル化するのは、考えるという点では有意義だが、事実はそんなに簡単じゃない。

地域性に興味はあるし、ローカルにこそ未来があると信じている。地域や教育が社会を変えると信じてやまない。その反面、自由にもっと飛び回りたい自分もいる。翼もない、足もない。それでも空を見ている。二つの自分の境界で生きる。二つを超える解をつくるために。

実はtwitterをバカにしてたけど、すこし認識を変えた。コネクト型のネットワークイノベーションです、これ。

思考力と行動力の重なる部分、思考力と想像力の重なる部分。ここらへんの妙が気になってる。一概に分けられるもんじゃないけど。

「ポジションがどんなに低くても、経営者目線を持って仕事をしている人は、全体会議など端々の発言や質問などで感じることが出来る。今の質問は、いつもそんな目線で考えてないと出来ない質問だなって質問に出会えた時はとても嬉しい。」

「804年、空海は31歳で遣唐使として、中国に渡りました。その空海が、816年、43歳で高野山を開きました」 「当時、高野山は、うっそうとした原生林であり、じめじめとした湿地帯であったはずです」高野山は千年の歴史を通じて、植林を続けてきた。建築資材の確保と経済基盤の確立のために。

コーズ・マーケティングは企業のイメージアップが目的ではない。商品の提供価値の向上が目的である。イメージアップを目的に設定すれば、形だけのCSRと何も変わらない。

【クックパッドのフリー戦略】閲覧は無料だが、人気料理のランキング情報を2004年から月294円で提供。有料会員数を明らかにしていないが、現在閲覧者の5%程度とみられる。ただで見ることができるのに、料金を払ってでもみたいという会員の心は時間節約と安心の確保にある。

希少性、代替可能性、競争優位性。必ずしも同じラインには並ばない。ズレることが武器にも隙にもなり得る。

宿題を頂くのが、営業のコツらしい。

ユーザーを極めても、クリエイターにはならない。
自分より秀でた人を部分的にベンチマークする。自分より、何段上から見ているか、何手先を読んでいるか、何ヶ月何年先まで大局を観ているか、何歩先を歩いているか、何キロ先を走っているか。
個人で最強を目指すことと、チームで最強を目指すことは次元が異なる。最初は最強の個を目指さなきゃいけない。色んな意味で。

事業者と経営者の視点を複眼的に。

余分なコミュニケーションってあるなぁ。砂糖入れ過ぎた甘ったるさ。塩入れ過ぎた塩っからさ。みたいな。
コミュニケーションの総量を増やさない。量は必要最低限に絞って、質をあげる。テンポ感覚も含めて。
コミュニケーションに関するリテラシー、特に受信スキルが高いと、丁寧なコミュニケーションが必要以上に感じる。量を減らして、質に特化していく。進化するコミュニケーションもあるのかなと。文脈みたいなコンテクストの高次な共有が前提で。

寺が大きくなれば、木材は必要となる。高野まきを植林したのは公家の棺おけ用資材として重宝されたため、財政的に役立った。それだけではなく、空海は人を育てることに注力するために、学校を建てた。その学校を建てる資金もまた植林で得たお金から出ている。「木を育てて、学校をつくり、人を育てた」

「迷いを感じるとき、次の行動として一番確率が高いのは「何もしない」だ」
「感情は伝達するもの。周囲にひどく影響を与えるもの。それは友人の友人の友人まで伝わる。もちろん近い存在の影響は強いし、関係が遠いほど弱くなる。」

You should be the change that you want to see in the world. 変化を起こしたくば、自身が変化となれ。

教育の難しいところは、教育サービス提供者は経験を積み重ねることが可能なのに対して、教育サービス受益者は一回こっきりだということ。生徒はその瞬間、その一年で人生が変わる。良くも悪くも。

No Guts No Glory. 気合なくして、栄光なし。

未来に対しての当事者意識。世代間の責任。変な枠をつくっては意味がないけど、人が力を合わせるためなら、そこに線引きと枠組みが必要。

教育は社会のインフラ。ヒトを人間にするプロセスに関わること。教育だけの問題ではないけど、間で生きていけない人が増えてる。その間を取り持つ。間に結び目をつくる。教育の価値は本来そこかも。

# 都会はものが沢山あるけど、作られた“もの”ばかり。田舎は何もないけど、“あるがまま”が在る。この差を理解しないとね、という野生の勘。
# 01:14  iPhoneやiPadは人を幸せにしたのだろうか。確かに便利だ。しかし、その便利さは何かを集約させたり、何かを効率化させたりするもの。短縮や集積によって、今まで無駄と呼ばれていたものが削除された。それは果たして便か?極論すると、すべてを集約し、効率化された世界は素敵なのか。
# 01:18  美徳の問題かもしれない。ネットとのインターフェースがよりユーザーに近くなり、無意識にウェブとつながるようになってきた。光回線は使い放題だけど、自らの情報回線はどうなる?そこをコントロールできるのか?ミクロでツールを使いこなし、マクロでツールに使われる。そんな危機も感じる。
# 01:22  別にiPhoneでなくてもいいが、スマートフォンは誰をどのように幸せにしたか。これは自分が自己満足的になるためのツールではないか?人が他者を幸せにするコミュニケーションをつくれるのか。売れ筋商品を「誰が誰の何のために」という視点でみると、一段深い心理に辿り着くかもしれない。
# 01:26  どんなサービスでもどんな商品でも、それらはどういった価値があるかという議論を必ず通過するだろう。ただ、その先に幸せに通じるストーリーがあるかどうか。そこを大切にしたい。感覚的なことだけど。プロダクトを通じたコミュニケーションはどんな想いを宿し、どのシーンを変えてくれるのか。
# 01:27  人の幸せをつくるのがイノベーション。
# 01:30  じゃあ、幸せって何ですか?となるわけで、その哲学は自ら持つべき。外に幸福像を探しにいくのではなく、自身の内にある幸福像をたぐってみる。掘り起こし、パーツを見つけて、カタチにして、デザインする。見えてきて、外と比べることに意味がある。順番を間違えれば、正解なしの地獄行き。


ある人から言われた言葉「毎日言う言葉が変わってもいい。それは進歩してる証拠。変わっていく自分に自信を持って」と。初心を忘れないことはスタート地点を忘れないこと。旅は続く。旅のなかで自分の核と出会う。そのための表面的な変化を恐れない。

コツをつかむ、のコツは骨。肉を切らせて骨を断つ。フレームワーク=骨組み。骨、意識してますか?

支援は支援者と被支援者のパワーバランスと支援の仕方が大事。被支援者のパワーが弱く、支援が増えれば、被支援者は我を失いやすくなる。支援者は被支援者を傀儡にしないための“支援”をしなきゃいけない。赤ちゃんにお菓子を沢山食べさせて「あとは勝手に痩せて」と放置したら、どうなりますかね。
良かれと思ってやる支援が原石を破壊することもある。傲慢さが自身の中にないか、支援者は自問自答すべき。過剰支援はリスクが高い。「してあげる」は被支援者の「自ら動く」を奪う。自発的な機会を少しずつ奪っていくわけです。静かにゆっくりと自発性を殺す

【けーすメモ】スタバとマックのコーヒー、覆面テストで味はマックの勝ち、高いのはスタバ。ジョイフルはなぜ安い、ドリンクバーはお得?ジョイフルとガストは何が違う? モスとマック、一番何が違う、バーガーを売るから競合?提供価値を考える。
【けーすメモ】アミュプラザの何階に何のお店が入ってる?コンセプトとターゲットの関係。イオンで過ごす一日とその目的、イオン鹿児島のなかでライバル店舗はいるか?競合と協力を読み取る。動線を考える。ゲーセンのとなりのフードコーナー。
【けーすメモ】具体から一般化、一般化から自分事へ。聴き方、引き出し方、巻き込み方、参加しやすさをコーディネート。キャッチボールを細かく刻む。楽しいから、参加したい、と思わせる。会話の中心をどこにおくか、キャッチボールのルート設計とボールの位置感覚。聴いて聞かさず話したがらせる。

スポーツ選手をみていると、若い才能が潰されるのがよくわかる。“精神と技術の習熟度”と“周囲の期待”のギャップが原石を破壊する様を。期待する側は、期待する責任を意識し、覚悟を決めてから、正しく期待をしましょう。期待は人を化けさせることもあれば、殺すことだってあるんです。

自分の興味対象がソーシャルビジネスではなく、チェンジメーカーだということに気付いた。これは自身にとって、大きな気付きだった。手段とか、目的とか、なりたい姿とか、野心とか、色々整理された。

ある教室で教授が試験問題を配布した。 「教授、これは前回と同じ問題ではないですか?」と生徒がきく。「その通り」と、教授。「問題は同じだが、今回は答えが違う」 そう言った教授の名前をアルバート・アインシュタインという。

学ぶと教えるのサイクルを回すのが、一番の成長だと経験的な意見。インプットとアウトプット、その間の創意工夫と試行錯誤が濃密だから。脳と体がフル稼働なイメージ。

「アイデアは、とてもか弱い存在だ。嘲笑やあくびに抹殺され、皮肉の刃にかかり、冷たい表情に死ぬほど脅かされる」(チャールズ・ブロウ)

言語化が難しいのですが、目的と手段とマインドの部分なのかなぁと。ソーシャル ビジネスはソーシャルな問題をビジネス手法を用いて、持続的に解決することです。通常のビジネスでは解決できなかったorしなかった領域なので、そこには革新性が必然的に求められます。
つまり、ソーシャルイノベーションというやつです。それに対して、チェンジメーカーは一段階ほど抽象的です。直訳すれば、変化を生み出す者。これはソーシャルビジネスもビジネスも政治も含んでいるのです。共通項はチェンジ、つまり変化・変革。それ以外はある種あやふやです。
僕の場合、自身の核がどこにあるか模索する中で、変革や変化という単語に当たりました。その落ち着く先としてのソーシャルビジネスがあったのです。しかし、自分の問題意識に沿っていくと、ビジネス領域ではどうにもならない部分もあるなと感じたのです。
一度棚卸しをしてみると、大企業でもベンチャーでも政治家でも行政でもNPOでも、チェンジメーカーという人たちや組織がある。そこに対するリスペクトが強かった。要するに、そういった存在で在りたいのだな、と整理できたわけです。それ以上もそれ以下もない印象です。

「自分が一番年上になる場、一番年下になる場、自分が教える立場になる場、この三つの場を同時進行で回せれば、学習速度が早まる」意外と一つ目が希少?というか「同時進行」というのが難しい。

シンプルなツールが可能性に満ちているというよりも、人間が多様な可能性を秘めているだけだと思う。ツールは引き出しの取手みたいなもの。引き出しとは、人間の心や頭の中のこと。見えなかったもの、気付けなかったものをシンプルなツールは引っ張り出してくれる。凄いのは人自身です。
知らない人に話しかけちゃいけないけど、知らない人にリプライしていい社会。リアルとバーチャルがある意味逆転。つまり、本質は変わっていない。

情報をプロセスで考えて、付加価値とプレイヤーをプロットしたら、おもろいことに気付いた。やっぱりチャリこぐと、閃く!

# ビジネスパーソンの基礎的なマインドセットとして、構造化のシミュレーションがある。例えば、スタバに入ったら、客単価と席数、滞留時間みたいな要素でざっくり計算したりする。さらに、この店舗の問題とか、どんな打ち手が効果的かとか考える。大前研一の「考える技術」に書いてあるようなこと。続く
# 21:26  そのマインドでシャッター街を歩いてみたのだが、かなり悩んだ。なんというか現状の要素どうこうじゃない気がした。ロジカルな分析では難しい現象。システマティックに考えないといけないと感じた。しかし、分析や打ち手以前に思想の重要性を強く思った。このまちはどうなりたいのか?住民のビジョン。
# 21:30  そこに住み、そこを生活空間として、人生の大きな一部として関わる彼らは、そのまちをどうしたいのだろうか。グランドデザインという、この“まち”の、この“まち”らしい未来像。答えは外にない、答えは内にあって、答えまでのプロセスに外の力が必要なんだ。
# 21:38  そんなことを思いながらも、“何もない”ことを楽しむ自分がいた。正確に言うと「あまりない」くらい。何もないんだけど、常に変化があるんだろうな、田舎は。純然たる変化。都市は人工物でいっぱいだ。それも変化するが、それは人の意図だ。モノに付加した意図を読み取り合う。

# ちょっと思考を飛躍。20世紀は分断社会。大量生産、大量消費には、専門化や分業が効率が良い。ものが補充されることが幸せで、効率的にするには没頭が一番。分断されてるけど、マイホームマイカーみたいな思想は共有されていた。頭は共有、体は分断。それでも良かった。
# 21:49  いつかは終わる経済成長。止まる前後から、雇用体系に変化が。もう共通のマイホームマイカーはなくなった。つまり、思想も分断された。しかし、グローバル経済に突入するなかで、分断は進み続ける。頭も体もみんな共有できなくなった。
# 21:52  つながりの崩壊は、地域社会や事件となって表面化した。先の見えない世の中は犯罪行為の障壁を下げたかもしれない。一方でテクノロジーが人をつなぎ始めた。ポケベル、PHS、ケータイ、インターネット、SNS、ソーシャルメディア。テクノロジーはつながるために進化したかのようにも見える。
# 21:55  目指す理想像も取り組む仕事も人生も分断されたけど、人はそれを取り戻そうとしている。遥か昔、人はなぜ村をつくり、町や国という共同体をつくったのか。その原点にもヒントはあるはず。コミュニティやコミュニケーションが叫ばれる。そこにも通ずる。
# 21:57  と飛躍させてみた。そして結論がない。まとまらない。思ったのは、ハード的な思考とソフト的な思考が出来ないと今の世は理解できんなぁと。理解しなくていいかもしれませんが。

景色に光を当てると“光景”。光を観るのが“観光”。そう、景色を観にいきましょう。

# プロトタイプをつくる、試作する、紙に落とす。まずはカタチをつくる。考えや想いを頭の中から一旦外に出して、研磨する。デザイン思考や修正主義、レゴの発想は共通している。完成体でなくて良い、あやふやな答えのヒントを具現化する。
# 07:44  情報を鵜呑みにせず、自分で考える。クリティカルシンキングは必要だが、全く出来てない人、ただの批判・否定だけしている人が多い印象。批判的に捉えて、複眼的に観る。違う答えを探すためのクリティカル。批判屋で終わりがちな自分に喝。
# 07:47  良い答えは優れた思考から生まれる訳ではなく、良い問いかけから生まれる。問いかけは思考のガイドライン。考える道筋を決める重要なスタート。悪い問いかけは悪い答えしか導いてくれない。初動が大切。

1863年5月、5人の若者が横浜港で帆船の出航を待っていた。 「もう二度と日本の地を踏めないかも知れない。しかし、今行かなければこの国の未来はない」と密航した。この若者五人を『長州ファイブ』と言う。ロンドン大学には、五人の留学を記念した石碑が立っている。

# 【Biomimicry case1】コウモリの超音波を応用した、ロボットの位置特定機能。コウモリは超音波を発してその反響音によって、周囲の物体の位置を判断する。これを模倣した超音波を発する探知機を開発し、ロボット車両の位置決定機能に応用する。
# 12:05  【Biomimicry case2】フンコロガシの暗視能力、映像撮影機能に活用。フンコロガシの暗視能力に関する研究からヒントを得て、あるアルゴリズムを開発し、これによって暗い場所での映像撮影機能を劇的に向上させることができるという。
# 12:05  【Biomimicry case3】海洋生物の分泌物がヒントの骨折治療用接着剤。サンドキャッスル・ワームという海で生息する生物は海中で巣を作るとき、砂や貝殻の破片などを結合させる粘着液を生成する。この粘着液の成分を研究。濡れた環境でも粘着性を維持できる骨折治療接着剤を開発した。
# 12:06  【Biomimicry case4,5】■アリ塚の構造から学ぶ、建築物の省エネ機能。冷暖房設備に高いコストを費やさなくても、建築物の内部の気温を一定に保つことができるという。■ハチの羽の動きを模した風力タービン。従来のタービンと比べ、エネルギー効率が約30%高いという。

鳥の視点を持とう。持てない時は、鳥の話を聞こう。

小さく産んで、大きく育てる。

頭が悪い上に、頭の使い方が悪い自分。切れるハサミでうまく切れない人もいれば、切れないハサミでうまく切る人もいる。旅の途中に「自分を使いこなしなさい」って言われたのをふと思い出した。切れないハサミしかないなら、それで切る努力をしよう。

空海は、遠大な志を持っていた。だからこそ、長大な展望と遠大な計画を持つことができたのだ。志が大きければ大きいほど、計画は大きく、展望もまた長期にわたることの証拠だ。目先の利益ばかりを追いかけていると、計画は小さく、短くなる。「その日暮し」に終始してしまうのだ。

凄いを目指しても、凄くならない。クレイジーに何かを突き詰めた結果、凄くなる。

仕事で忙しいには、二つパターンがある。誰かに頼まれた膨大なタスクを処理する“忙しい”。自分で考えたことを価値として創造するために膨大なプロセスをふむ“忙しい”

人に教えながら、それ以上のものを学んでいる。それ以外も沢山の学びと気付きがある。それに腑に落として、価値に変えるアクションをしていかないといけない。わかっちゃいますよ。だけど、難しいんです。不器用ですけん。

卒業旅行を海外から日本の僻地にするってどうでしょう?絶対おもろい。大学生全員が動くと、とんでもない金額がど田舎に落ちる。ソーシャルツアー。

何かを変えたいと思う時、まず自分を変えなければならない」最近、自分に対してよく思うことで、痛感してること。社会でも地域でも周りの人間でも何でもいいけど、偉そうに言う前に、自分が変わらんと誰も何も信用せんのです。言葉には力があるけど、行動には遥かに大きな力がある。

# ローカル新聞と日経は生き残るような気がします。個人的に、ローカル新聞は情報の希少性から面白いことができると思う。例えば、出身者を狙った地方紙アプリみたいなもの。鹿児島出身者が東京で南日本新聞のアプリを通じて最新情報がわかる、とか。
# 23:49  田舎出身者は地元愛が強いんです。地元のこと、知りたいんですよね。インターネットのWEBサイトもありでしょうけど、インターフェイスと接触機会の問題。僕は新聞買わないけど、西日本新聞のアプリに500円くらいなら払う。アプリに広告欄つくれますしね。初期収入と継続収入は見込めるはず。
# 23:51  ローカルに根付いた新聞社やテレビ局って、局地的なコンテンツは強いはず。あとはエンドユーザまでの経路でしょう。課金モデルと広告モデルをうまくミックスさせて、収益モデルを変えていかないと。

教育の最終形は、“教師がいなくなること”。教師と生徒という「教える者、教えられる者の関係性」を変えること。学びに上下関係をつくらず、互いに学ぶという場の設計が教育の概念を根こそぎ変える。パラダイムシフト、認識から変えていく。というイメージ。
# プロダクトライフサイクル、企業の一生。商品も事業も寿命があるという考え方。しかし、企業はゴーイングコンサーンの基本理念に基づいている。その矛盾と比較すると、自身の存在がなくなるような社会を目指すNPOの基本理念はある意味正しい。
# 01:04  リーダーの最終形は自身がいなくても、組織(チーム)がまわること。つまり、次のリーダーを育てることであり、リーダーシップのタネを巻くこと。そして、自身の存在を否定出来ること。リーダーは死ぬ為に生きるような存在。これはNPOの基本理念と似ている。
# 01:08  教育、リーダーシップ、NPO。三者のあるべき姿を自身の消滅だと認識している。これは個人的な価値観に基づいていた考え。おそらく政治も部分的に当てはまるだろう。

「生きているシステム」として学校教育を捉え直すと、学習プロセスが「生き生き」とする。学習する組織を“学校”に適用する。その素晴らしい内容に朝から夢見てしまった。「初等・中等教育における『学習する組織』の実践について」PDF→ http://bit.ly/aBWcm7

自然界は優れた構造物や素材で溢れている。例えば、蛾や蝶の羽や植物の葉の表面は掃除をしなくても汚れない構造になっている。表面が水に濡れると、その細かい凸凹が疎水性を発揮して水と一緒に汚れを流してしまう。
# 21:51  アリ塚は、分厚い外殻、上下に伸びた空気ダクト、そのダクトにつながった通気穴によって塚の中の温度や空気循環を保っている。外気の温度は2℃から40℃まで変化するにも関わらず、中の温度は常に30℃前後。この温度は、シロアリが育てているキノコ類の栽培に最適。
# 21:52  このような生物の生体機能を活かしたものづくりを、バイオミミクリー(biomimicry=生命体を真似る)という。アリ塚の構造はエネルギー効率の良い建物づくりに活かされ、蝶の羽の構造は自己洗浄性にすぐれたタイルやコーティング料づくりに活かされている。
# 21:55  身近な自然から学ぶ技術開発の歴史は長い。例えば、あのレオナルド・ダ・ヴィンチは鳥の翼を観察して飛行力学の知識を得た。今から500年も前のこと。

笑いとは、日常と非日常、常識と非常識、期待と裏切り、理想と現実、これら2つの要素のギャップ、もしくはねじれである。2つの要素が収斂する際に、笑いが巻き起こる。

ブランドビジョンの既定する時に使えるのが電通のハニカムモデル。概要→http://bit.ly/ak6Kny 講義→http://bit.ly/9jZzf7 事例:うみたまご→http://bit.ly/cyxOku 青森(P39)→http://bit.ly/9JOYkC

授業の面白さ = 1.内容の面白さ × 2.やり方の面白さ × 3.講師の面白さ 1、2を高めないと、教育効果は高まらない。

# バイオミミクリー、生物模倣。自然界で生きている生物の機能を観察し、それを人間が使用する機械や道具などに応用すること。たとえばマジックテープは、スイス人が猟に連れて出た犬にごぼうのイガが強くくっついていて取り除こうとしても取れないことに着目して開発されたものである。
# 12:29  先端製品の開発手法としても注目され、ミズノが2008年の北京オリンピック向けに開発した競泳用水着は、カジキの肌を参考にして水を吸収しやすい高分子を生地に埋め込んでいる。
# 12:29  ゼファーが開発した小型風力発電機は、自在に動く尾翼が特徴となっていて、固定式と違って、本体が風向きに合わせて首を振るときに風の流れを邪魔しないようになっている。このために発電量は従来の発電機に比べて約20%高くなっている。
# 12:30  ゼファー社長の伊藤瞭介が川をさかのぼるコイの尾鰭からヒントを得たという。また風を切る音を減らすためにしま状の突起を裏面に施していて、これはフクロウの翼を参考にしたものである。http://bit.ly/cQqImT

#  ワークショップやディスカッションの設計。1.一人で考え、悩ませる。 2.ペアでコミュニケーションすることで、言語化させる。 3.三人以上でグループにして、アイデアや意見をブレストし、グルーピング。 4.グループごとに発表。 コツ:ステップを踏むことで、一人一人の知恵を拾いつくす。
# 14:26  問題の難しさ = 問題自体の難しさ × 制約条件 制約条件には「時間的制約」や「物理的制約」、「精神的制約」がある。どんな問題も簡単に難問に出来る。
# 14:30  “三人よれば文殊の知恵”というが、そこには適切なコミュニケーションデザインが必要。

自分のFrameworkをつくるって大事。今しょぼくても、後に武器になる。

相手の理解力に頼るコミュニケーション。自分の発信力に頼るコミュニケーション。一見似たようなやり取りにも、大きな差がある。相手の理解力を疑う前に、自分の言動を疑え。

江戸時代、日本にあった寺子屋の数は今のコンビニと同じ数ほど。当時の人口は約3000万人。比率で考えると、コンビニの4倍の数ほど、学び場があった。日本人は教育や教育談義が好きな民族なんです。この流れをもう一度。

母親が育てているのは、未来である。未来を変えるために、母親や家庭を変えること、より良い環境にすること。

【動く椅子】図書館の利用者がカードをセンサーに読ませると、図書館を利用中、椅子がずっと後ろを付いて来てくれる。オランダのデザイン・アカデミーのプロジェクト。www.jeltevangeest.ni

東京マラソンの参加者推移。2007:77,521人 2008:130,062人 2009:226,378人 2010:272,134人 その日一日を共有したい、“瞬間大衆”

北海道、東広島市。個人の庭を一般に開放する「オープンガーデン」が人気。市民の庭をネットワークすることで、まちをつくる。プライベートとパブリックの新しい融合。アメリカの「パーキング・デー」なども参考になる取り組み。

「伝統工芸品は、“骨董”になったらだめです。変えてはならないものと変えなければならないものを峻別して、常に時代と共に変化していかなければ、生き残れません」上原勇七

変わらないことに焦り、変わることに戸惑い、歩き続ける。変化を求め、変化に迷う。人ってのは不思議な生き物ですなぁ。

コンセプトを擬物化しながら考えるワークショップなう。
# 15:10  授業という名のプレゼンテーション。いと難しい。
# 18:23  熱く語りすぎたなう。そういや、こんなキャラクターでしたわ。
# 18:50  不完全燃焼。モヤモヤを言語化したい。
# 19:07  学生時代に大学生向けにやっていたプレゼンテーション研修をアレンジして、高校生向けにしたけど、個人的にかなりイマイチだった。最低レベルは保証出来たけど。彼らのコミュニケーションをベースに組み立て直さないといけない。「喋れない」を「喋れる」ようにするのは難しいなぁ。
# 19:11  インタラクティブ、双方向にやる難しさ。準備ではどうにでもならない即興の部分。しかし、事前にあらゆるパターンを想定しておけば、なんとかできる。あとは経験値と経験的勘。掴みどころと、離しどころ。
# 19:24  生活の外に遊びをつくるのではなく、生活の中に遊び場をつくる。

人の精神的なポテンシャルに対して、踏み込む怖さ。

目覚めていない意識、眠ったままのチカラ。起こすキッカケを設計する。引き出す。

世界を切り取ることをデザインという。世界の瞬間を記憶する“写真”。世界の瞬間を繋げ直して新しい世界をつくる“映画”。

対象者が若くなればなるほど、考え方、意識、マインドセットなどメンタリティな部分を変えることの責任が大きくなる。何故なら、人生を左右しかねないから。それも大きく。教育というコミュニケーションで、一人一人の人生を変えかねない。
# 23:18  自分の立場や経験を踏まえて、冷静に考える。僕が語りかけることに、どれほど影響があるのかと。かつての我が身を思い出す。当時、“大人”の言葉がどれほど影響があったのかと。社会を知る“言葉”がどれだけ世界を広げたのかと。柄にもなく、悩む。答えは見えているのだが。
# 23:19  熱く語ったことが響いたのか。その目は真剣だった。僕は道を示せたのか。正しい問いかけは出来たのか。わからずとも、進むしかない。恩師は何を想い、自分に問いかけたのか。過去に想いを巡らせる。

コミュニケーションは、コードとデコードで成り立っている。人は気持ちや考えを言葉にコード化して相手に渡す。相手はそれをデコードし、意味するところを受け取る。万人がデコードできるものをユニコード、ある特定の集団しかデコード出来ないものをローカルデコードという。

公文式のシステムは本当に素晴らしいと思う。「繰り返し」と「飛び級」の組み合わせ。繰り返すことで、圧倒的な練習量をこなし、出来る子は自分が出来るだけ進める習熟度別の飛び級。小学生のうちに高校レベルの内容を終える子もいる。幼ければ幼いほど学習スピードが早い。スポンジのように吸収する。

観光しにきたけど、光より陰が目立つなあ。見方次第なんだけど、陰の割合が多い…。ヒト、モノ、バ、クウキ。何を光らせれば良いのだろうか。気が付くと、気になる項目に「ツーリズム」が入ってた事に気付く今日この頃。
陰があるからこそ光がある。都会は光にまみれていて、陰が濃くなりすぎて、闇になっている。田舎は陰が多すぎる。しかし、闇にはならない。社会的な意味で。

【飲み会を充実させるアイデア】お題先決め。飲み会などのスタート時に「これは聞きたい・これは話したい」というテーマをカードに書き込む。その後、カードを元に会話する。カードをシャッフルしたり、そのカード自体もネタに。もし盛り上がってカードが余れば、また次回飲みましょう、と導線設計。

8月前半のツイート

完全に自分向けのメモです。
8月1日~15日のツイートを編集。

貧困層に保険を提供するためのイノベーション
http://www.ifpri.org/publication/innovations-insuring-poor

信号機の「通行可能」の色を、青と言ったり、緑と言ったりする。海と山を見て、海を緑、山を青とは誰も言わない。

前時代的な露出を増やす地域活性化はブーム性が強くなり、一過性のものになりがち。

地域の伝え方こそ、持続性のあるコミュニケーションデザインが必要。現場から逆算するストーリー。

権威型リーダーシップの教育は生徒を受身にする。生徒の自主性を引き出し、惹きつけるリーダーシップとは何か?教育者サイドはリーダーシップの在り方を問われる。

シリコンバレーが注目する欧州の新興企業。 ドイツ人がビジネス担当。 ロシア人がソフトウエア開発の担当。 フランス人がユーザーインターフェース担当。まさに多様性の連帯。言語の壁を超えた協働は政治よりもビジネスに活きるか。「クーリエジャポンより」

高校生がiPad×twitterが使うことでの学習効果をはかる「Soclaプロジェクト」開始
http://blog.beatiii.jp/information/post_18.html

仕事の最高の報酬は仕事。ある意味、存在意義の確認。

言いたいことを言う。言うべきことを言う。コンテンツが同じでも、スタンスが変われば意味が変わる。

ストーリー・テリングを重要な能力の1つのように感じる今日この頃。自分を物語るチカラ。同じように、商品を、事業を、企業を、物語れるか。

ありえないことを、ありえるように見せる。

ブレストの鍵は、ルー大柴と高田純次が握っている。

まちを通じたまちコミュニケーション。無意識のうちに、まちは前提になってる。意識しないコミュニケーションは意外なとこで支えになってる。

児童虐待について、親に対する責任追及の論が強い。しかし、現代の母親がどんな状況で、どんな気持ちで、どんなストレスを受けているか、考えなければ意味がない。こどもを虐待しようと思わずに虐待しているのであれば、これ程の悲劇はない。見えない何かが壊れている。

魔法の言葉「なたもだ」
なぜ→例えば→もし→だから この問いかけで作文が一気に書けるようになる。確かに良いフレームワーク。

「負けるが勝ち」「損して得取れ」こういう言葉を考えた人は戦略家。負けや損を冷静に手段として捉えてる。

経営コンサルタントは「算数」と「国語」が重要と終わります。分析・論理的志向のために算数はすべてのコンサルに必須。しかし人を動かすには「言葉」が必要であり、一流と二流のコンサルを分けるのは「国語」だと言われます。

生きることは当たり前じゃない。生きることは、他の「生きる」を見ること、関わること、共有すること。それは自分以外の死を受け入れること。想いを受け取り、継ぐこと。“生きること”とは、他者と存在意義を確認しあうこと。存在を通じて、お互いに生きる意味を知る。

問題内容×時間制限=難易度。「タイムプレッシャーは、難易度の調整にも最適である。やさしい問題をやる時にも、タイムプレッシャーをかけることで、脳にとって最適の難易度にすることができる」

自信も仮説的に意識する。「根拠のない自信を持て。必ずできると信じて、それを裏付ける努力をせよ」

視覚的情報はある程度遮断できる。聴覚からの情報は遮断しにくい。音のちから。音楽のパワーを感じる今日この頃。

【メモ】週一回は芸術に触れる。無肉日をつくる。週一回は走る。週三回は日付け変更前に寝る。タスクリストとtodoリストを分ける。モレスキンを有効活用。本をブクログで一元化。弁当用の料理を五つマスターする。

服は哲学だけど、思考を制限する鎖だ。服を脱ぐことは制限から開放されること。クリエイティブは自由から生まれる。鎖から解き放つのは、体と心と脳。全裸だから生まれるイマジネーション&クリエーション

期待に応える事は何ら特別ではないし、普通であり、当たり前。期待を超えることで、自分なりの価値をつくる。どう超えるか、その期待値の裏切り方が付加価値につながる。

世界中の知恵をシェアできたら、多くの問題は解決できる。世界中は無理でも、あるクラスター内で知恵をシェアすることは予想だにしないインパクトを生みそう。

さえない若者がひょんなことから巨悪との戦いに巻き込まれる。きっかけはちょっと勝気で男勝りな良家の女性。彼は苦しみながらも、老人の助けを得て、遂に巨悪との戦いに打ち勝つ。彼には特殊な能力があったのだ!(スターウォーズ=サマーウォーズ)

理想ベースで考えて、現実ベースで動く。

本屋に行った時のワクワク感って、何なんだろう。幼い頃、図書館に行ってたことが原体験かも。よく図鑑10冊を借りていた。「ここには自分の知らないことがたくさんあって、ここに来ればそれらを知ることができる。」自分の世界の“拡げ方”が、本とその集積した空間だった。

本の形態が変わったのか。付録の売り場が本屋になったのか。いずれにしろ、この売れ行きは驚異的。「「2日で30万部増刷!」宝島社の独走に大手三社も追随! 激化する雑誌"付録"戦争」
http://news.livedoor.com/article/detail/4932328/

主語と述語をずらして行くと、表現は面白くなる。

商品を小口にして販売するようなBOPビジネスは、包装一つとってもゴミが増える。

趣味的な学び、実務的な学び。世の中には、圧倒的に学び場が少ない。一人で学ぶんじゃなく、集団で学ぶほうが良い。学習する組織的な場が1つの理想。

サブサハラ・アフリカの中心部の国にも、100以上のマイクロファイナンスカンパニーがあるが、貧困解消にはつながっていない。

映像の破壊力は、圧倒的に強い情報発信力にある。TVからYouTube、そしてUstreamと映像サービスは変化してきた。映像への接し方、制作側の入口拡大、変化のなかで情報量を編集し、コンテンツのクオリティを高めることがより鍵に。

発信機会の平等は、発信者の母数を増やす。それが競争につながれば、クオリティは次第に高まる。もう一つの手段としての“共創”。異質とのコラボレーションは新しいものを生む。しかし、異質であればあるほどコミュニケーションが難しくなる。

コラボレーションの効果とコミュニケーションのやり易さの接点が一番イノベイティブなものを生み出しやすい?無難な落とし所な気もする。イノベーションを生むチームには、高度なコミュニケーターが必要だという論があるが、そこを専属でつくるのか。

三流の人はお金を残し、二流の人は名を残し、一流の人は、人を残す

XVDを使った遠隔医療・遠隔教育は途上国だけでなく、国内の中山間地域や離島などの過疎地域でも活用できそう。

田舎らしい田舎。夏らしい夏。“らしい”と“らしくない”の感覚差って実は大事なのかも。

その土地のものをその土地で食べるからこそうまい。味覚だけで食事をするのではない。

ダメ出しのされやすさは、ある意味徳だと思うようになってきた。ダメ出しされまくって、それを反映させないかんとです。しみじみ感じるところ。

自分の弱みを書き出したら、少し楽になった。自分に甘え、他者に甘えていない。そんな弱さを内に隠した自分がいた。弱さから逃げていては、何も変わらない。

○○系と修飾するのは、同種を表すもの。新しい群れ。

業務フローを見まくるなう。肥大した組織はマネジメントタスクが増えて、その専属が多くなるのね。作業工程に対して、管理工程が増える。

日本語のダイバーシティは英語で言うとDiversity & Inclusion(多様性の受容)に該当する。今まで蚊帳の外にいた人々を中に取り込む。除外から包含へ。エクスクルードからインクルードへ。

があるのに飛ばない鳥を見て、「なぜ飛ばないのか」と思う。翼を使わなくなった鳥は飛び方を忘れ、飛べなくなる。その道を選択したのか、そうならざるを得なかったのかは分からない。ペンギンは泳ぐことに特化した。泳ぐことに特化したから、ペンギンになったのかはわからない。でも、現実はそうだ。

これはヒトの可能性についても同じだ。やればできるのにやらない。それは羽ばたく翼を使わないことに等しい。ただ一つ違うのは、人の翼は個々でだいぶ違うこと。飛ぶ領域が違うというか、翼の質自体が違うというか。でも、翼は使わないとその質も使い方もわからない。つまり、はばたけ。と。

羽ばたくうちに飛べるようになる。どんな飛び方かはわからん。それでも最初から飛ばないよりはマシだろう。早く安全圏から飛び出せ、と。チャリに初めて乗る時と一緒。最初はこける。こけてこけてこけまくる。そのうち体が慣れてくるさ。だから、前に進む。

花は咲く場所を選ばない。種が落ちた場所に懸命に咲く。

100回会っても「知り合い」な人もいれば、1回会っただけで「友人」になる人もいる。

他人の解釈を流用しない。

わかってると出来るには壁がある。賢いと仕事が出来るには壁がある。知ってると使えるには壁がある。その壁は汗かいて、もがいて、泥まみれにならないと越えられない。そう思うのだから、グダグダ言ってないで動きましょう、自分。ワクワクしてきた!

英国は駅で乗車券をマシンで買うよりも窓口で買う方が多い国。各種(旅行、観劇、コンサート)の予約も直接対話が多い。対面コミュニケーションが日本に比べると格段に求められる。だからバリアフリーもハード先行で考えない

障害がなくなれば、コミュニケーションはなくなる。ということは、障害を越えるためにコミュニケーションが必要となるのか。バリアを意図しておくことがコミュニケーションをうむ。なるほど、ハンカチをわざと落とせと。

読み手を意識した言葉には、不自然さがつきまとう。“伝えよう”とする感を受ける。二次的なイメージ。ポッと出た言葉の方が臨場感があって、みずみずしい。つるん、と。

1000人の顔見知り < 10人の仲間

ファクトベース。事実をつくるのが起業家精神。 「事実を調べずに、願望だけで事象をとらえると、大衆の考えや心理に流されてしまう。」

聴くだけでなく、音を楽しめる音楽がどれだけあるだろう。

エクスクルーシブな社会は人に疎外感を与え、暴走するトリガーに手をかけやすくする。連帯感は苦しい時ほど必要なのかも。コミュニティが人を包含するけど、閉鎖的・鎖国的であれば、それも人を追い詰める。緩いインクルーシブな社会が在るべきなのかな。

笑い = 内容 × 伝え方(表現) 笑いの最大化 = 面白い内容 × 面白い言い方 笑いのイノベーション = 面白い内容 × あえて真面目に言う 雰囲気面白い = つまらない内容 × 面白い言い方

【アイデア】新書を用いたゼミ。パワーランチ形式。毎週1冊、月4冊、年48冊。

最近、温度のある言葉とそうでない言葉の影響力の差を強く感じる。

セカンダリーな情報に安住するのでなく、プライマリーな情報を取りに行く。というよりも、プライマリーデータをつくる。情報の上流を抑えるのは事業の基本かもしれない。情報もバリューチェーンがあるんだよね。うん、いまさら気付いた。

【メモ】乱世の英雄。アジェンダ・シェイピング・リーダーシップ(課題設定型リーダーシップ)

専門用語を子ども用に言い換える。これは普段とは違う脳みそを使って、おもろい。彼らの語彙や社会に対する知識を想定しつつ、用語が本質的に何かを考えてシンプルにして、つなげる。コピーライターならぬコピーチェンジャー。

未来の話をするのはすごく楽しい。でも、未来を実現する瞬間の方がさらにエキサイティングなんだと思う。そう思うと、楽しさでにやける。ただの不審者である。妄想が未来を生み出す。

「社会貢献」を仕事にするのはどうだろう?何の仕事であれ、誰かの役に立ち、対価をもらい、税金を納めてる。それは立派な社会貢献。ヒーローを社会貢献に求めているだけのように感じる。そして、社会貢献ではなく社会変革の方が必要。おかしいものを助長しても意味なし。

出逢いの数 = 別れの数 喜び = 悲しみ

突然、訪れる偶然は疑いようのない必然だったりする。

【メモ】コミュニケーション・デザインのシークエンスがリレーション・デザインにつながる。

世の中と自分の繋がり方を“肩書き”と呼ぶ。「人からもらった肩書き」と「自分でつくった肩書き」はまったく意味が異なる。自分と社会への橋のかけ方。ある意味、生き方。

時間の流れと人の流れは色んな形で交差するんだろうな。

失敗と成功は同じベクトルに存在する。失敗を経験していないということは、成功に近付いてないに等しい。

大いなる力は大いなる責任をともなう。責任とは力を持つことと同義であり、アクションなき責任は力を活かしていないため意味がない。責任の大きさはヒトの器であり、ヒトを大きく上回る責任はヒトを殺すことさえある。受けきれる責任が小さいままだと、変化がなく成長しない。適切な責任負荷が必要。

自尊心を育てるのはすごく重要。自分に対して尊敬の念を持つことは自信を生み、他者への尊敬につながる。その波及は他者への影響としてあらわれる。ポジティブサイクルが回れば、自尊と謙遜を兼ね備えた人が増えていく。

リスクをとっても死なないなら、そのリスクは実はそんなに危険ではない。チャンス。

最近の気付き。最強のビジネスツールは、紙とペンと靴。

最近の興味は、アウトプット教育。自発性とは、言葉であり、文章であり、行動であり、表現である。自発できないのは悲しいこと。その一段階先に、意見を言う、企画をつくる、など社会的なスキルがある。インプットとアウトプットを同時にすることが成長を加速させる。

中間支援組織だけが増え、プレイヤーが増えない現状を考えてみる。なぜ「支援」したがるか? 1.そもそも支援になっていない。支援はマーケティング視点がなければ、ただの押し付け。痒いところに手が届くから支援である。 プレイヤーのためにならない支援という自己満足。

2. クリエイト経験の不足。自分のフレームワークでモノをつくった経験が不足しており、想像力が弱く、自分で創造できない。3.世の中に物質的なモノが溢れており、新しいモノが必要ない。サービスの場合はコンセプチュアルなスキルと実現の両輪が問われ、モノづくりより複雑な個人スキルが必要。

なんか全然まとまってないなぁ。支援は必要なんだけど、リスクマネーは誰も供給しない。IPO控えたベンチャーにこぞってVCが集まる!みたいな。

支援者のあるべき姿として、蚊帳の外にいるのではなく、リスクテイカーのリスクをシェアする存在がある。チャレンジャーの参入を増やすために、リスクを減らす、リスクを分かち合う。それはノウハウやネットワーキング、マネーかもしれない。しかし、形として必ずあり得るはず。

セカンダリーな支援ばかりが流行る。しかも、戦場から程遠いロジスティックスばかり。必要なのは、兵士と背中合わせの支援。下手すると、怪我する領域で。リスクテイカーのリスクをシェアし、低減できるサポートの仕方が必要。安全地帯でカッコイイことを言うだけの支援部隊は戦いに不要。

半年後は、ある程度予測できる。1年後は、予測できない。5年後、ほぼ不明。10年後、手掛かりなし。つまり、人生は面白い。

iPhoneに変えて思ったのは、ある意味不便だということ。このインターフェースは手だけでは使えない。画面を見ていないと、どのボタン(パネル)を押しているか手掛かりがないから。視覚ありきのインターフェース。

出来ると思っていた事ができない。出来ないと思っていた事ができた。やってみるまで答えはわからない。わかったつもりが調子を狂わせる。行動にピントを合わせないと。

書かないと、書けなくなる

限界集落よりも、地方都市の方が限界が来そう。限界団地やニュータウンの高齢化も深刻。

プロフィットセンターの最大化とコストセンターの最小化。

Going Concernって、冷静に考えると不可能のように感じる。ここが株式会社とNPOの決定的な差か。存在を維持する為に儲ける。不思議な箱だなぁ。

企業は何の為に存在するのか。企業は誰のものなのか。こう問いかけられると、納得できる解を返すのが難しいな。法的な解釈を伝えてもあまり意味がないし。とかモヤモヤ考える休憩タイム。

本を読んでいて、ふと昔、考古学者になりたかったことを思い出した。恐竜の図鑑を眺めて、太古の地球に想いをはせた幼き頃。化石というパーツから、過去を復元する。その化石ですら、形にならないピースばかり。“ひとかけら”を掘り起こし、繋ぎ、想像する。その過程に浪漫を感じていた少年時代。

1円の利益を出すには、1円で2円の価値をつくらなきゃいけない。2円を使って3円の価値でもいいけど。ここは凄く重要な気がする。価値と価格、価格と費用の狭間にあるもの。

事象と事象の間にある、見えないものが一番大事かも。繋ぐとは、見えないものの橋渡し。透明な橋は手探りしながらじゃないと作れない。

ものを使うというよりも、いたわるというコミュニケーションをとると、愛着がわいてくる。使い捨て時代に、愛用するものとそうでないものの違いは何か。

マーケティングにおける6つの間違い。1.生活者の思考プロセスは筋の通った合理的なものである2.生活者は自らの思考プロセスと行動を容易に説明することができる3.生活者の心・脳・体、そしてそれを取り巻く文化や社会は、個々に独立した事象として調査することが可能である

4.生活者の記憶には彼らの経験が正確に表れる 5.生活者は言葉で考える 6.企業から生活者にメッセージを送りさえすれば、マーケターの思うままに、これらのメッセージを解釈してくれる

【GDメモ(定性分析)】客観的な事実である「事実・事象」(ファクト)、そこから気づき を得る「発見」(ファインディングス)、発見を体系化する「フレームワーク化」のプロセスを繰り返す。

フリーは教育にまで及ぶ。『世界初、学費無料のオンライン大学、ユニバーシティー・オブ・ザ・ピープルの試み』 を講談社現代ビジネスに寄稿しました。
http://www.socialcompany.org/archives/2010/08/misc/socialize_1-2/html

確かに。大学四年間で退化する人は多いですしね。「世銀は最近日本人の高校生向けにリクルート活動をしているらしい。世銀を目指している優秀な高校生が役に立たない大学学部に進学するのを阻止するためだそうだ。」

最近、どの機関も人を育てなくなってきてるなぁと思います。教育が社会のインフラなのにも関わらず。「本来なら国連職員養成をうたっている大学が世銀で働ける人材を育てるべきなわけですが、それができてないっていう世銀の判断なわけですわ。」

「就職支援に傾倒する大学ゼミ」「教育コストを下げるために新卒のハードルをあげて即戦力に絞る企業」広義の教育だとは思うんですが、どこも余裕がなくなって実利にシフトしすぎている。教育に遊びがなくなってきてる。その遊びが学びなんじゃないのかなと思いまして。

模様のある紙にそこまでの価値をつけたシステムが凄い。まさに有機的。「お金には引力がある。その引力は目には見えないが、人々の間に着実に作用している。貨幣ほど人間の精神性に入り込んだ人工物はないんだろうな。」

自分の武器は爆発力と気合だ!それでどうにかこうにかバリューだす!

筑後の山々が見えると、どこか懐かしくなる。学生時代、遊び半分学び半分で参加した子どもキャンプは良い経験になった。一緒に遊んだ子どもたち、キャンプをつくる地域の皆さん。行政、NPO、自然体験、過疎地、教育、その他もろもろ。ぼくを地域と教育に導いた原体験の一つ。

「未来とは落下傘的につくり出されるものではなく、その場所だからこそつくり出せる未来、その場所だからこそ、つくり出すべき未来があるのだと思う。だから、マージュの地にかつて何があったのか、そして自分はどこから来たのか、にとても興味がある。」

自分に正直に、誠実にありたいと思います。「でも、どんなに格好いいことを言っていても、言ってることとやってることが違うのが一番イヤ。「正直」とは言葉を現実に合わせること。「誠実」とは、現実を言葉に合わせること。来年こそ、このお盆の季節を大切にしよう。」

2010/10/13

勇気付けられる言葉

ウィンストン・チャーチルの言葉が力強い。
読むだけでも、弱気が吹き飛ぶ。


『どんなに苦しくて不利な状況に追い込まれたとしても、絶対に屈服してはならない。絶望的な状況を前にしても、相手がどんなに強大であっても、絶対に屈服してはならない。絶対、絶対、絶対、絶対に屈服してはならない、絶対にだ』

Never give in--never, never, never, never, in nothing great or small, large or petty, never give in except to convictions of honour and good sense. Never yield to force; never yield to the apparently overwhelming might of the enemy.

2010/10/05

教育手法を人材育成に

日経ビジネスの世界一優秀なミドルマネジャーは日本の課長 という記事を読んでいて
「ビジネススクールの教育が人材育成に応用できると気づく」という一文がふと目にとまった。


MBAで使用されるケースメソッドが人材育成に応用できるという話である。
さらに面白いのが、酒井穣氏の以下のコメント。

ブログの中で、「我が家の教育論」というタイトルで自分の娘に対する教育について書いているのですが、そのベースにしたのもビジネススクールの教育方法です。

つまり、酒井氏は家庭教育にケースメソッドを持ち込んでいる。
個人的に、「教育」と「人材育成」はお互いの領域に関する知識を共有すべきだと思っているので、とても面白い内容に感じた。

教育においての先進的な取り組みや企業での人材育成における有効な手法はどんどんオープンにし、共有され、活用されるべきだ。

そのためには、プラットフォームのような情報の土台か、ネットワークのような情報を持つ人や組織同士のつながりが必要だと思う。

とりあえずメモとして。

【参考】   

世界一優秀なミドルマネジャーは日本の課長

人材育成は経営そのもの、人事と経営の融合が始まる

そして企業はいよいよ“学校”になる

2010/10/03

起業について頭を整理してみた

起業についてちょっと思うことを綴ってみる。


1.「起業=会社設立ではない」という考え方

起業とは会社をつくることだけではない。
字をたどると、業を起こすと書く。
また辞書には「新しい事業を始めること」とある。

では、事業とは何か?

実は、事業には「ことわざ」という読みがあり、
「行為 しわざ 仕事 じぎょう」という意味を持つ。
古くは古今和歌集に載っていたそうだ。大変歴史のある言葉。

今、使われている「じぎょう」という読みでは、
「生産・営利など一定の目的を持って、継続的に組織・会社・商店などを経営する仕事」
「大きく社会に貢献するような仕事」
という意味を持つ。

もちろん、辞書にある意味と実際に使われる意味にはギャップがあることは言うまでもない。
しかし、事業とは社会的意義のある仕事であることを確認できたと思う。
その理想と現実を埋めることは難しいが。

社会的意義とは、個々人によって、どうとでも捉えることのできる危険な言葉である。
経済的に儲けを出し、税金を払うことも社会的に良いことだし、
社会問題を事業として解決することも社会的に良いことである。
広義と狭義にソーシャルが存在するのだろう。
社会的かどうかを決めるのは、ステークホルダーの認識によると思う。

あまりすっきりしないが、
起業とは社会的意義のある仕事を新しく始めること
だという風に考えたい。
これなら、社内起業といった言葉も説明がつくだろう。


2.業を起こすこと

さらに噛み砕くと、業を起こすとは何か?
業とはそもそも「なすことそれ自身」という意味である。
語源は古く、サンスクリット、釈迦に通じる。

例えば、生業という言葉は生きるための業である。
生きるために為すこと、それは仕事である。
そう考えると、業とは価値を生み出す事のように思える。
もっと言えば、価値を生み出す役割かもしれない。

価値とは、誰かに影響を与える事象である。
“働く”とは、傍を楽にするという語源が有力である。
周りに良い影響を与える事、これが広義の事業であり、
それを新しく起こすことを広義の起業だと考える。

つまり、学生が新しいサークルを立ち上げるのも
行政が新しいサービスを開始するのも
「起業である」と言える。



3.会社起業は2つの視点

会社起業には、2つの視点がある。
それは事業者と経営者の視点。
これは僕が日々言われていることなのだが、営利法人であれNPOであれ
スタートアップにおいて、事業を創ることが至上である。

それは“価値をつくる”という中身の面と、“価値を理解してもらう”という認識の面がある。
「それは良いサービスだ」と言ってもらっても、それにお金を出してもらわなければ意味がない。
自分のご飯を食べられないということ。持続性のないものを事業とは言わない。

持続性とは、対価をもらって事業を続けるリソースに転換し、事業をまわし続けること。
事業と顧客を同じ生態系に組み込むための接点がお金だと思う。

自分がご飯を食べる食い扶持としてのビジネス、これが事業者の視点。

そして、この事業をどう発展させるか。この事業にどんなストーリーがありえるのか。
拡大し続け、自分だけでは回らなくなった時、どうするか?
雇用し、事業を仕組みに落とし込み、組織を創り、経営していく。
それが経営者の視点である。

と、えらそうにまとめたけど、ほとんどできていないなぁと反省。
とりあえず頭の整理として文章化してみたところ。

ランサー