2010/11/06

6月前半のツイート

6月前半のツイートを編集。

「進めば、この世の地獄。進まざれば、我が身の破滅。ならば進もう、神々のいる処へ。賽は投げられた。」(ユリウス・カエサル)

ブレストのポイントは“アイディアに乗っかること”。他者のアイディアに対して、「こうしたらもっと良いかも」「これも足したら面白い」とアイディアにアイディアを加えていくと、会心のアイディアが生まれたりする。あと論点を外さずにふざけること。悪ふざけの中に、起死回生のアイディアがある事も

動機付けと逃げ場づくりか。閉鎖的な教育空間にメスを。

教師が悪いというか、教師自身も閉鎖的な空間にいることが問題だと思う。同質の集団のなかで、価値観は1つに収束しやすい。よって、学歴偏重の考えが生まれる。

モチベーションマネジメントか。自分も考えないといけないところ。学生が何に価値を見出し、どんな意義を感じるか。何を楽しみ、どこに面白さを感じるか。

ベネッセは人材研修の一環として、カタリバに人を派遣している。

「私に対する最高の評価のひとつは、『ジムは自分の得意でないことを知るのが上手だ』というキップ・ヒックマンの言葉である。もしそれが本当なら、自分の特質の中でこれほど我が身のためになるものはない」(ジム・クラーク)

学習内容の定着には「だれが何を教えるか」よりも、「どのように教えるか」が重要。従来型の教育システムでは“講義”と“読書”という教育効果が最低の教育手法が用いられている。各々の学習内容の定着率は、わずか5%と10%。しかし「誰かに教える」という逆の方法では定着率は90%まで上がる。

具体的に話す。頑張る→何をいつまでにどうするか、現状とどう違うかを明らかに。例:週1冊の読書を倍にする事により基礎知識を二倍に増やす。効率化する→何をいつまでにどうするか、現状から何が削減されたか。例:四人で負担していたタスクを三人で同期間内で終わるように無駄なタスクを25%削減

未来は遠い誰かの人生じゃない。 明日のこと。今日の延長。 他人のことは全部無視して、ゼロで考えてみるべし。

昔の駄菓子屋はコミュニティだったのかもしれない。子どもたち同士、子どもと店のばあちゃん。コミュニケーションがあるから、コミュニティは成り立つ。今はコミュニケーションを減らすこと方向。「声をかける」という初めの一歩を心掛けたい。

定食屋では「ごちそうさんでした!」と言うのに、ファストフードの店では言う気がおきない。今、気付いた。

「目的志向であり続ける」試練や窮地に遭遇し、ギブアップしそうになる時、“今、やっていること”の意味や目的に戻り、頑張るのはなかなか難しい。その過程で迷いが生まれたり、情熱やエネルギーが減退する。常に、冷徹に目的志向であり続ける。やっていることのそもそもの意味を問い続ける。

若いうちから「人間力が大事」とか言うヤツはただの馬鹿。そういう観念的な事は経験豊富な年寄りの言うことであって、何も成してない若造が言っても空虚な言葉。脳ミソ鍛えるか、体鍛えるかしろ。

ブランディングは人材採用のコスト減につながることもある。

情報収集によって、知識に昇華させ、知恵を生み出す。どこにでもある情報はもう要らない。もっと深い知が欲しい。

KFS(Key Factor for Success:成功要因)は特定が難しい。単純に内部環境を分析するだけでなく、外部のパワーバランスやPEST環境を含め、考えなければ解にたどり着かない。分析による示唆抽出と統合(ストーリー化)によって、初めて真実が見えてくる。

教育において、教育コンテンツを考えるのは勿論だが、学習という視点にたった時、「どのように学んでもらうか」という経験価値を考えることが必要。コンテンツを創造し、経験をデザインする。

前に、ろう学校の子どもたちが授業で作った陶器の販売のお手伝いをしたことがある。一個50~100円だった。別に変な皿ではない。むしろ個性的で味がある。学校の授業で作ったから、儲けちゃいけないらしい。なんかおかしいだろ、と1人でイライラした。
学校の授業だろうが、障害者が作ろうが、良いものは良いんだから適切な価格で売れ。おかしなしがらみにとらわれて、ビジネス(商売)が歪められる。すると、発想や思考も歪む。何でこんなおかしなことがほったらかしに?その時、問題解決のインセンティブ設計に気付いた。

結局、人は自分のためにしか問題を解決しない。一次的に、自分にとっての価値(メリット)があるかどうか。二次的に、自分の評価形成に関わるかどうか。しかし、特殊な場合もある。問題解決にやりがいがあるかどうか。つまり、プロセスに面白さを感じるか否か。

問題解決のミスは、そもそも問題定義を間違うパターンが多い。問題とは、理想と現状の解離のこと。問題を設定する際に、「現状を正しく認識できているか」と「その理想は本当に理想なのか」のどちらか一つでも誤れば、問題定義に誤差が生まれ、解決できない。

田舎では、情報にお金を払わない。セミナー、コンサルティング等々。では、形のある情報は買うか?例えば、本。都市に比べ、割合は落ちるが、払う層はいると思う。逆に、都市では情報は買わないと手に入らないのかもしれない。田舎には繋がりがあって、情報が無料。いや、なんか腑に落ちない

「40歳は人生の折り返し地点。そこまでは、流れに身を任せ必死で駆け抜ける急流下り。そこからは、それまでの経験やネットワークを活かしながら、心を定めた頂点に一歩一歩上っていく山登り」…ある大先輩の言葉

「未来を予測する最も良い方法は、未来を創り出すことである」(ホログラフィの開発者 ガーボル・デーネシュ)

ブランドというのは、幸福の物語(ストーリー)を「保証」するもの。

「モノを買うことによって、幸福を得る」のではなく、「幸福そのものを直接得る」という思考回路の移り変わり。

 起業を増やせ!地域を活性化しろ!チャレンジしろ!海外にいけ!中国と組め!自給自足しろ!色々な道がある。だけど、僕たちはその前に、「幸福とは何か」ということについて考える必要があると思う。それぞれの“幸福”を実現できる社会(≒プラットホーム)を創らないと意味のない世の中になる。

“自分の知らないこと”を明確にわかっている、と成長が衰えない。知っていることに自信を持ち、そうでないことには謙虚でいられる。年齢や立場に関係なく、学び続けるコツが「無知の知」。
“知”の種類分け。「知らなかった情報を得ること」「知っている情報に新たな価値を見出だすこと」「知っている情報と情報が結びつき、化学反応がおきること」

twitterでフォローするように、政策(の情報)がフォローできたら面白いなぁと思う。事後報告の資料でなく、政策実行のプロセスを見える化することで関心は高まる。

最近、あまり聞かないデジタルディバイド(情報格差)はますます拡大している。しかし、デジタルデバイスを使いこなしている人間は、そこに時間消費(or投資)をしていることを自覚する必要がある。単純にツールを使いこなしているだけではいけない。
情報発信・収集はコミュニケーションであって、そこが一番重要ではない。情報は腐る。知識・知恵の昇華が必要だし、情報を使って何を創造するかが大事。昇華や創造のプロセスは人間にしか出来ない。代替可能性から考えると、コアが見えてくる。
発信を続けると、そこに情報が集まり出し、やがて人が集まってくる。そして、その集団が発信をし、という情報集約サイクルがある。最初は量を増やす、その継続が質的変化をもたらす。質的変化のタイミングが最初の情報集約とほぼ同じ。

「強い個が強い組織をつくる」。しかし、それは100+100+100=300の話。10×10×10=1000にするのが、組織であり、人同士の関係性の意味。「強くない個で強い組織をつくる」。そして、その次のステージが、“強い個で最強の組織をつくる”だと思う。

ローカルにいながら、グローバルに戦う方法を考える。1、定期的に他流試合をすること。2、、世界の知と接点を持ち続けること。3、愚直に日々を積み重ねること。

クリエイティブなモノにお金を払わないと、文化は発展しない。

情報社会では情報の量とサイクルが変わった。IT革命後、情報の量が劇的増加し、情報のサイクルが加速し、陳腐化するスピードまで早くなった。その中で、情報対処が出来る・出来ないの差がディバイドとなり、情報活用が付加価値を生むようになった。だが、一番必要なのは、情報の質を変化させる思考。
ファクト(事実)、データ(情報)、ナレッジ(知識)、ウィズダム(知恵)という情報の階層があり、ファクトを掴む“行動力”とウィズダムへ昇華させる“思考力”が武器になってきた。活用のうまさはデータとナレッジの間でしか活きない小手先の技。

創造性は評価できない。主観的な承認が積み重なることで、個が認められ、自信が生まれ、想像だにしない創造性が顔を出す。プロセスをデザインするのが限界。

漠然とした問題意識を持っていたとしても、その問題を解決することは永遠にできない。問題のリアルを知ること、現象の原因を分析すること、問題発生の過程を辿ること、あるべき姿を正しく想定すること、問題設定が解決へと導いてくれる。

最近の最大の気付き。言語が知のボトルネック。僕は日本語で言語化された“知”しか吸収できない。世界に溢れる知を自分から遮断している。やらねば!

守るものがあるなら、盾がいる。盾は敵の剣を防ぐが、持ち主の動きを遅くする。守るものがない強さは疾さなのだ。切られる前に切れ。攻撃が最大の防御なのだから。

朝から最高に面白い映像に遭遇。「Let's Colour Project」というオランダのDulux社のコーズマーケティング。カラーで世界を変えていく。 http://youtu.be/uPpMWaSPt-s

ターゲットの行動を観察し、生活サイクルを追う。その中で、どんなコンタクト・ポイント(情報接点)があるかを洗いだし、仕掛けを組み込む。ただ情報を流すだけでは伝わらない。どんなタイミングで何を仕込むか。

「紙にかく」ことの重要性。思考は目に見えず、瞬間的な行為。言葉にして紙に落とす事で、自らの思考を客観視できる。まとまっていなくても良い、書く・描くことで脳を空っぽにする。すると、自然に新たな思考が生まれる。書くことは考えること。描くことはデザインすること。

組織を機械として考えれば、マニュアルは効率化であり、コストダウンであり、サービスの標準化。しかし、組織を生命体として考えれば、マニュアルは小さな試行錯誤を潰し、組織構成者の正しい成長プロセスを妨害する。オーガニックな組織体について考える朝。

ムハマド・ユヌスの『ソーシャルビジネスとは、「Business for Others」だ』という言葉が一番しっくりくる。「Business for Profit」と並べながら、その違いを認識。

飲料化は市場を拡大する。緑茶や珈琲は飲料化で、消費を増やした。“消費の多様化”と“販路の多様化”。ただ、生産サイドに利益が落ちてるかは疑問。サステイナブルなビジネスにするには、配分も大事。

メルセデス・ベンツの欧州トラック部門 運輸業者に対して「必要な台数のトラックを手配、荷台部分の架装も施す。利用中のメンテナンスや保険、固定資産管理といったサポート業務をすべて引き受ける。そのうえで、支払い方法は、トラックの走行距離1キロメートル当たりいくら、という形にする」
米ゼネラル・エレクトリック(GE)のジェット機用エンジン部門も同様の考え方。「ビジネスに使用した時間当たりいくら」という形でジェットエンジンのリースや整備を組み合わせた事業を行っている。 http://bit.ly/ac4n0c

金を失うことは、小さく失うことだ。名誉を失うことは、大きく失うことだ。しかし勇気を失うことは、全てを失うことである。

時間という観点から見ると、すべてのサービスは競合となる。なぜなら、顧客には24時間しかないから。最強の競合は「睡眠」。それすらも奪うインターネットは最強の娯楽。

一番関心のある事は、組織論。ヒトがいて、可能性を引き出し、最適に組み合わせ、有機的に繋ぎ、コミュニケーションをデザインし、コトを為す。リーダーシップも学習する組織もワールドカフェもディスカッションもすべて、組織を活かすために知りたいこと。そんな気がした。

エデンの園でイヴがかじったリンゴは、人類に「知の味」を教え、人類と世界の関係を決定的に変えてしまった。これが第一のリンゴ。二つ目がニュートンのリンゴ。そして今アップルは、 第三のリンゴ、すなわちPCを、私たちの机の上に置いたのである。それによって、文化の革命が起こる。

冒険をするには、仲間が必要だ。仲間はどうしたらできるだろうか?ドラクエでもワンピースでも何でもいい、主人公には何がある?仲間はどうして主人公についていく?自分はどんな冒険をしたいのか?少しずつ、見えてくるものがある。

チームワークは木のようなもの。コミュニケーションが幹の部分を形成し、根っこの部分には、お互いの尊敬と共通の目標の認識がなくてはならない。── ゴードン・ベル

「人にほめられると(     )と感じることが多い」
「人をほめると(     )ではないかと心配だ」

【ディセンタリング:視点を変えて見ること】フランスの児童心理学者ジャン・ピアジェによる造語で、幼児が固定的で自己中心的な固定観念を脱する現象を表現したもの。この変化で、幼児は「自分が見ているものとは異なる次元の視点」が別に存在していることを理解する。

シスメックス株式会社:身体検査のときに受ける血液検査機器を製造・販売・サービス&サポート。検体検査領域全体では世界で第9位に位置しており、血球計数分野での世界における当社のシェアは約30%で、第1位。http://www.sysmex.co.jp/

アメリカの大学発ベンチャー100社のストーリーをまとめた資料。英語で266PのPDFです。頑張って読みたい!エッセンスがつまってる。 http://bit.ly/cTWPS4

図書館は「知の集合である本」を集積した場所。もっと活用するべきだ!【図書館のビジネス支援 http://bit.ly/ahB7DC http://bit.ly/bisPqe http://bit.ly/9YKeBI 】

「教師でもないのに、教育を語るな」「デザイナーでもないのに、デザインを語るな」穿った見方かもしれないけど、そんな“独占された言葉”がいくつもある。その枠をぶち壊してみたい。誰でも何でも語っていいんです。言葉は自由だし、思考も行動も自由。責任を持てば。

集団知(群知能):アリ自体は賢くないが、アリの集団は賢い。

ワンデイ・アンサー、ワンウィーク・アンサー、ワンマンス・アンサー。それぞれのタイミングで最良の解を導き出す。定期的に“上書き保存”を繰り返し、アウトプットの質を高める。

あらゆる活性化は、人の気持ちを高める事とその積み重ね。目の前の人間のやる気に火をつけられるか?モチベーション向上の勘所をわかっているか?

行動には、プロアクティブ(事前行動)とリアクティブ(事後行動)がある。「自分は行動力がある!」と思っていても、リアクティブなパターンが多ければ、外部要因に基づく行動力であり、本当の強みではなかったりする。

Good Followerにはリアクティブな行動力、Good Leaderにはプロアクティブな行動力が求められる。

5月後半のツイート

5月後半のツイートを編集。


 ペーパーテストで求められるのは、数多く正解すること。つまり、わかりやすい(できる)ことから解決する。しかし、現実で求められるのは、「定型的な解のない問いに対し、答えをつくること」。つまり、わからない(難しい)ことを解決すること。わかりやすい問いに慣れると、難問を先送りにしてしまう

「人が知らない情報を持っている」→「情報の出どころを掴んでいる」→「自分が情報の出どころである」→「半自動的に情報が集まる」。情報の価値や源泉について考える。

世を分断して考えてはいけない。有機的に繋がった事象を出来るだけ現実に即して捉えないといけない。循環のあるシステムとして、時代の流れを組んだシナリオとして。もっともっと知って考えて動いて。それでもまだわからない事の方がはるかに多い。だから、人と協力していかなきゃいけない。

失敗を沢山経験しつつも、勝ち癖をつける必要がある。負けに慣れた人間は、負けに心地よさを感じるようになってしまう。失敗の中から勝利の栄光を掴むためには、挑戦の総量を増やさないといけない。日々何かにチャレンジしているか?現状に甘んじていないか?

リーダーシップには、内外に向けた2つのタイプが存在する。自分を立たせ、律し、導く内に向けたリーダーシップ(自立、自律、自導)。集団、組織、社会(世界)をリードする外に向けたリーダーシップ。まず、自分が自分自身のリーダーであること。そこからリーダーシップの旅が始まる。

「スキルを身に付ける」という事を考えてみる。スキルを再現可能な技術と定義。再現するには、アタマでわかる事とカラダでわかる事が必要。つまり、理論(解釈)と実践(経験)。多くの「スキルを身に付けたい」は何を指すのか?「私はもっと賢くなりたい」と同義で使われているような気がする。
だとすると、抽象的に定義されたスキルは習得が困難ではないか?そもそも何を得たいか、どう変わりたいかがアバウトなので、どういったアクションが適切なのか分からない。何となく何かをして、苦労し、学び、スキルを得た気になる。まぁ、当初の定義から言うと、間違いではない。ではそれで良いのか?
問題はスキルの定義付けでは無く、行動と解釈のフェーズにあるのかもしれない。“何をするか”よりも、“それから何を学んだか”の方が大切な要素。行動から学びが少ないと、いくら行動量が多くても意味がない。走る事と立ち止まる事のバランスがキーとなる。
労働市場的な観点から言うと、汎用性の高いスキルは競合も多い。どこでも役に立つ≒どこでも身に付くパターンが多い。なので、スキルのレベルで付加価値が変わる。逆に代替性が低いスキルは希少であるものの、活かせる場所が限定的になる。
という事は、「汎用性の高いスキルで高度なレベルを再現できる」か「そもそも希少性の高いスキル」は高付加価値となる。汎用性と希少性のマトリクスをつくるとわかりやすいかも。
なんかスキルについて、書きながら考えてみたけど、やっぱり抽象的になりがちだし、全然おもしろくない。小手先の戦術だけ話しているようなくだらなさを自分の中に感じた。

戦略、戦術、戦闘。この三層の一貫性と、理念(目的)との整合性が戦いの結果につながる。戦略なき戦術、戦術なき戦闘は、正しく機能しない。

twitterが流行ってきて、バズワードが増えた気がする。言葉の消費が加速している。安易に新しい言葉をつくり、表面的に使いこなし、飽きたら捨てる。それの繰り返し。

デパ地下で1000円の弁当を買うが、スーパーでは買わない。一人消費二極化が顕著になってきた。それは中価格帯の売上低下からも見て取れる。最安、ちょっと贅沢、最高、最愛が消費のツボ。

ジョハリの窓は「自己認識の有無」×「他者認識の有無」によって、自分を4つに分類する。自他が認識するOPEN、自だけのPRIVATE、他だけのBLIND、誰も知らないHIDDEN。優秀なリーダーはO領域が大きい。P・B領域を小さくするために「自己開示」と「フィードバック」が必要。

コミュニケーションの成り立ち。「自己理解」「他者理解」「内容の決定」「適切な表現構成の選択」。発信する自分と受信する他者の関係を理解し、背景・意図を読むことで、内容と表現を考え、決めて、実行。そして、フィードバック。意識すれば、細かいコミュニケーションでもPDCAが回せるはず。

笑い上戸な人は、幸福な気がする。
笑い上戸な人を言い換えてみる。「笑いのツボが浅い」「笑いの偏差値が低い」「笑いのディフェンスが弱い」「笑いのわきが甘い」「口角の筋肉が強い」「笑窪の自己主張が強い」「笑いの無駄遣いが激しい」「呼吸のように笑う」「にらめっこの予選落ち」「逆M1グランプリ」「天性のサクラ」

ChangeMakerは、まず自分をChangeしている。そして、自分の周囲を変え、問題を解決し、社会をより良くしていく。スタートは自身。自分を変革できない者に、周りは変革できない。自身の現状を否定し、自身の可能性を肯定する。愚直に自分と向き合う。それが大きな一歩目。

「1、目で字を追うスピード」×「2、脳が文章を理解するスピード」×「3、(一回で理解出来ない場合は)再び読み込むスピード」=読書速度。つまり、読むのが遅い原因は、目の動きが遅いか、頭の回転が遅いかのどちらか。あとは性格的に“せっかち”か“じっくり”かも関係ありそう。

【MTG設計メモ】
・前回までの概要を要旨だけ説明する
・主要論点と小論点を設定する
・論点に関係ない話をしない
・意見の拡散(ブレストなど)と収束(評価)のプロセスを明確に区別する
・意見と事実を明確にして、話す。
・主観的主張は「~と思う」 客観的主張は「~である」と言い方を分ける
・ファシリテーターとタイムキーパーを割り振り、徹底させる
・身体を整える(睡眠不足、空腹、体調不良をさける)
・ホワイトボードやポストイットを使い、人格と意見を視覚的に分離させる

定期的に、子どもとコミュニケーションすることは非常に大事。如何に自分が常識に囚われているか、如何に自分のバイアスで物事をみているか、を自覚できる。いつも子どもに勉強させてもらっている。

「面白いか面白くないかわからないゲームに5千円前後のお金を払って購入する」従来のゲームの購入方法が、「とりあえず無料で遊んでみて、お金を払ってまで熱中したくなるゲームならお金を払う」というユーザ視点にたった購入方法に変わりつつある。

地域における、“大学生”は知のたまご。どんな形で、いつ孵化させるか。どのタイミングで蛹を経験させ、成虫にさせるか。時間的にも、潜在能力的にも、大学生を地域とどう結びつけるか非常に大事。学生にとって、学びが大きいはず。キャンパスを離れ、野へ打って出ろ。

某起業家の方に「NPOの収益化ってどれくらいかかりますか?」と聞いたら、「だいたい1年間」と言われた。それまでにかかる支出は基本的に自分の生活費≒約300万だと言われた。ランニングコストは生活費。ビジネスモデルにもよるけど、リアルな数値が勉強になった。

小学生との接点は親を経由するが、中学生、高校生との接点はなかなか難しい。彼らが何を考え、どう行動しているか。1つは学校の先生、もう1つは塾講師や家庭教師。中高生を教えている大学生を経由するパターンも。あと中高生年代のマーケティングリサーチって難しそう。今はネットでやってるかな。

自由な社会での、正しい選択肢。1、自分が努力する。2、自分が努力しなくても、努力する人を応援する。3、努力している人の足を引っ張らない。

「望みであれ満足であれ、ある程度存在していれば、どんなものでも測定できる」

どんなことでも、タスクとプロセスを分解しまくれば不可能はない。

1500円の本を衝動買いしてしまうのに、1800円の映画を衝動鑑賞しない自分。趣味は読書>映画鑑賞か。でも、文化にもっとお金を払う人でありたい。美術や音楽などにも。本も文化かもしれませんが。視覚的な情報にもお金を払う!

第三の教育を考える。学校、家庭、その次。現状の主な場は、塾。しかし、塾は学校や家庭の代替としての色合いが強い。求められるのは、学校や家庭での“学び方(意識)”を変える事。主体性(学習意欲)が変われば、教えなくても自発的に学ぶ。大事なのは“学ぶことの楽しさ・面白さ”を知ること。

バスのOOHとして可能性。バス停で人は何に注視するか?それは「自分が乗る予定のバス」と「バス停に来たバス」の確認。つまり、自分が乗る予定のバスが来るまでに、そのバス停を通過する“全てのバス”を見る。あなたはCMをすべて注視しますか?バスは、ニッチだが、強力なコンタクトポイント。

情報量の劇的な増加は、脳の内外に変化をもたらした。まず、情報(例えば商品)を覚えてもらうことの重要性が高まった。「高い優先順位」「思い出すトリガーとなるワードや情景」が不可欠に。次に、PCや携帯といった外部脳のスペックが増強された。だが、ツール利用者にデジタルディバイドが存在。
情報にも階層が明らかに。単なる一個としての事実、測られたデータ、体系化された知識、本質が凝縮された知恵。情報が無作為に溢れている中で、情報の見極めが必要に。この情報処理でも差が発生。また、“解釈(意見)の質”も強く問われるように。

早口になると、強い物言いだと受け取られやすくなる。考えている以上に、伝わるようにゆっくり話す。話す速度を落とすのが課題。
共通性の低いオーディエンスに対して、どういった言葉遣いや語彙の平易さを設定するか。(1)平易な言葉でコアに絞る。(2)例え話で腑に落とす。(3)オーディエンスを参加させる。

パネルディスカッションは、論点がずれまくる。ファシリテーターの進行だけでなく、パネリスト間で議題と論点がシェアされているかどうか。言葉の抽象レベルに明らかな差がないか。パネリストに、「思考拡散型」と「思考収束型」を混ぜ込む。
プレゼンの内容が観念的であったり、抽象的であったりすると、オーディエンスの理解力に頼りすぎてしまうと思う。自身の説明能力も向上しないし。事実の明示と言葉の具体性は必ずチェックが必要。セルフフィードバックで自身の課題を考えてみる。
そもそも疲れている人たちにとって、必要な要素は何か?(1)パッション。(2)面白さ。(3)これまでの整理。(4)帰りたい気持ちへの共感。(5)囁きボイス。

世の中のモノは、自然物と人工物に分けられる。すべての人工物には、“意図”がある。その意図を理解し、モノを使わないと、結果的にモノに使われる。正しく言えば、そのモノをつくった人の意図に。意図を正しく形にすることをデザインと呼ぶのかもしれない。

新しい人が組織(コミュニティ)に入る際、枠を前提にそこに入ると、その人はその組織に合わせてしまい、個がなくなる。そして、組織の枠も大きくならない。新しい人はその組織をどう利用して、自分を活かすか、枠を大きくするか。

マーケティングは知覚の戦い。
言語野ではなく感覚野で攻める

政策を考える際、政策単体の評価と実行主体の評価を複合して考える必要があると思う。政策が良くても、実行がうまく出来ないことがある。実行する組織やシステムに問題があれば、如何に良い政策も机上の空論のまま終わる。

そもそも国というフレームワークが正しいのか?1億を越える人間をマネジメントできるのか?僕は無理だと思う。国内視点で国を経営するために、地域に主権を持たせる道州制。国外視点で安全保障を維持するために、国を越えた“超国家”のフレームワーク。この2つの仮説を考え中。

「意志」があるなら、「覚悟」を決めて、前に進め。決断力があるかどうかではなく、覚悟があるかどうか。能力があるかどうかではなく、意志があるかどうか。

他流試合をする。死合いじゃないんだから、どんどん試合をする。試合を通じて心技体が磨かれるから、死合いに勝てるようになる。自分の流派だけに拘っていてはならない。外を見て、内を観よ。

地方都市は東京を目指してはいけない。独自に、あるべき都市の理想像をデザインし、そこへと地道に向かうべき。東京を目指した都市は東京に成れず、その想いを持った人材が東京へと流出する。同様に、田舎も都市を目指してはいけない。答えを他の地域に求めれば、その地域の個性は消えていく。
九州をまわって気付いた事。福岡は九州各県から色んな面で人材を吸い上げている。しかし、その福岡から東京へと人材流出している。流出を減らすためにすること。外からの流入を増やすためにすること。人が集まるソフトをつくること。そのためにハードに命を吹き込む。

言葉が通じる前提には、認識の共有がある。リンゴと聞いて、赤い果実を想像できるのは、過去の認識経験があるから。例えば、リンゴを林檎と書くのを知らない人は、林檎という字を見ても赤い果実を想起できない。言葉の選択時に、相手の人生を想像し、過去の認識経験を予測し、適した言葉を選ぶ。

自分に足りない事と可能性を考える。僕はクレイジーに自分の可能性にかけたい。過去の自分の期待に応えたいし、明日の自分は今日の自分よりも前に進んでいたい。自分が自分の期待に応えられるからこそ、他人の期待を背負うことができる。期待は際限ない。期待に潰されないよう自分の器を大きくしたい。

「あなたは、S(ocial)の人?それともB(usiness)の人?」 この問い方は非常に面白い。事業体ではない。プリンシパルを問うのだ。 http://bit.ly/9KIlVj

“理性”に訴えかけるのが「楽しさ」。“本能”に訴えかけるのが「面白さ」。我慢できないのは、どっち?

我以外皆我師也。何処ででも誰からでも学ばなきゃ損。

「らしさ」とは身につけるもの。探すものではない。生まれながらにして”何か”になるのではなく、生きていくうちに”何か”に成る。http://bit.ly/93JZaD

「判断力」とは次の三つの能力に分解できる。 1. 今が判断するタイミングだということを認識できる(Judgement call) 2. 正しく状況判断と分析が出来る 3. 2から論理的に正しい結論を出せる

孟母三遷:幼児の教育には環境が大切であるという教え。 正しい環境づくりが正しい教育効果を生む。どこに住むか?どこで育つか?誰と育つか?

4種類の”聞く”。1、ダウンローディング:ただ、聞き流している。相手の話がストップするまで待って、自分の話をはじめる。2、ディベーティング:それが、正しいか正しくないかを議論するためだけに聞いている。
3、ダイヤローグ:相手の話がどこからきているか理解しようと聞いている。4、プレゼンシング:相手の話がどこからきているか理解しようと聞いているだけではなく、その空間に何が生まれようとしてるかを聞いている。

ソーシャル・キャピタルの日本語訳に「社会関係資本」と書いてあり、ソーシャル・メディアの日本語訳も「社会関係媒体」なんだろうな。と一人で納得。社会的と訳されるソーシャルもある。

選択肢を決める議論は、論点を明確にすることが重要。「何について話しているか」→「決める上での評価軸は何か」→「選択肢のプロコンは何か」→「どの選択肢にするか」。着実にステップを踏まないと、結論をうまく導き出せない。

ヨーロッパでは、17世紀中頃に30年戦争が終わり、各地を自由に旅行できるようになった。各地に旅行に出かけ、異国の風景を目にするようになる。そうした旅行の流行を背景に、ピクチャレスクと呼ばれるヨーロッパ最初の風景画が描かれるようになった。
その頃、「ロビンソン・クルーソー」や「ガリバー旅行記」といった異国の旅の題材にした小説も数多く書かれた。著者であるダニエルやジョナサンは、ヨーロッパ最初の活字編集メディアである情報紙の編集者・発行人でもあった。こういった情報紙は、ロンドンで流行したコーヒーハウスに置かれた。
コーヒーハウスに集う紳士たちは情報紙によって、好奇心を煽られ、その好奇な目を未知の世界経済へと向ける。そこに目をつけたのが、ロイズ・コーヒーハウスの店主ロイズだった。ロイズは投機熱を煽って紳士たちから資金を集め、投資家クラブを作り、株式会社の原型を作った。ロイズ保険会社の誕生。
さらに人が集まるコーヒーハウスには情報紙と一緒に大量のチラシが置かれるようになった。広告の誕生である。コーヒーハウスでは、政党も誕生し、現在の社会につながる様々な仕組みの原型が生まれていた。その根幹にあったのは、情報紙による情報の劇的な増加だった。

「幸福を生み出すと期待される商品を買い、消費するかとが、近代社会の幸福の基本である」(ジグムント・バウマン)
ジグムント・バウマンは、「近代社会における貧困というのは、『買い続けることができなくなった状態である』」と主張している。他にも「幸福を追求しなければいけないことの不幸」についても言及している。

5月前半のツイート

2010年5月前半のツイートを編集。
完全に自分用です。


組織は、内と外へのベクトルをバランスさせることが大事。内の意識が強すぎると、排他的な組織となり、馴れ合いが生まれやすい。逆に、外の意識が強すぎると、モチベーション低下や怠慢な組織運営につながり、瓦解する。組織のステージによって、内外への意識をコントロールするのがリーダーの役目。

まちづくりは、ヒトづくりであり、仕事づくりであり、場づくり。共通解はなく、地域に根付いたコトで無ければ意味がない。歴史を知り、現場を知り、他地域を知り、初めて特徴(資源)が見えてくる。

物語性は、商品(サービス)に「伝達促進」という価値を付加する。例えば、2つのコーヒーを飲んだとする。Aは自家栽培のコーヒー、Bは普通のコーヒーだとする。仮に両方が同じ美味しさだとしても、多くの人はAを支持する。人は「良い」と思うものにそれなりの理由を求めるからだ。そして広める。

陶器が産業のまちをいくつか訪れたが、共通していたの山に囲まれた地域であること。疑問に思い、少し考えた。焼き物に使う“土”、燃料となる“木”があるからだと推測。
陶器はもうダメだ、という話を聞いた。確かにそれは正しい。100円均一の食器やイケアなど北欧食器から考えて、日本製の高い陶器の市場は小さくなる。しかし、陶器は食器だけではないし、食器の多様化が陶器のブランドを再定義すると思う。
陶器に限らず、伝統工芸はプロダクト(製品)を売るのが基本。これからのアイデアの1つは、サービスとしての伝統工芸があると思う。ガラス工芸や和紙などはよく見かける。問題はターゲットと場所。誰にどこで、何を目的とし、体験してもらうか。
武雄の観光案内所では、好きな陶器カップを選び、コーヒーが飲めるようになっていた。普通はどの“コーヒー”を飲むかを選択するが、どの“カップ”で飲むかを選択するところに面白さを感じた。こういうサービスは隠れた販売促進に繋がると思う。使ってみて、初めて良さに気づくことは多々ある。

「好きな事を仕事にする」には多様な選択がある。例えば、ラーメン好きが3人いたとする。1人は様々なラーメンを食べ歩き、ある店に弟子入りし、その後独立した。1人は、様々なラーメンを食べ歩き、各々のラーメンの良さを人に伝えた。1人は、様々なラーメンを食べ歩き、ある店の常連になった。
選択肢として、サプライヤー、コミュニケーター、カスタマーがある。好きだからといって、誰しもがサプライヤーに向いている訳ではない。食べ歩きが趣味でも、料理が下手な人もいる。好きこそものの上手なれではあるが、好きなものにどう関わるかは人によって違う。グッドカスタマーであることも大事。

人は生まれてから今までのことをすべて覚えている。“忘れる”とは、記憶が脳の何処にあるかわからなくなる事。写真など思い出の品に触れて、当時を思い出すのは、それらが記憶を引き出すトリガーとなるから。記憶の引き出しを開ける鍵のように。

プレイヤーとして、創造者として、リーダーシップを発揮する自分で在りたい。誰かに認めてもらうためではなく、自分がより自分で在るがために。
高評価を得たい訳でもないし、褒められたい訳でもない。でも、自分の何がどう評価されているかを知りたい。究極的に、他者を通してしか、自分の実を知ることは出来ないから。
クリエイティビティとイノベーション、これらは必要不可欠になっている。日本語で的確な表現がないことが、僕は少し悔しい。でも、英語だろうが日本語だろうが中国語だろうが、そのコトバに哲学を持ち、主張を現実にしなきゃいけないんだ。

馴れ合いから、イノベーションは起きない。しかし、貶し合いからも起きない。本当に多様性を受けきれるかどうか。異質なモノが異質な接し方をするから、革新が起こるのだ。

“本質”という言葉は、魅惑の言葉。過度に使い過ぎれば、それこそ“本質”を見失う。「本質」「本質的」と話せば、自分が理のわかる人間かと錯覚する。わざわざ本質と銘打たなくとも、本質は伝わる。自戒の意味も含め、言葉の濫用には気を付けたい。
自分を大きく見せようとすれば、その虚像に寄せられた期待に自身が潰される。自分を小さく見せようとすれば、その虚像を信じた無関心に自身が見放される。飾らずに等身大の自身で勝負するしか、続く道はない。
人は誰しも理解されたい。しかし、人は人を正しく理解しようとしない。自分の脳内で勝手な相手を想像し、勝手に誤った理解をする。

高校生の自殺が3日に1人だと聞いた。虐待死も3日に1人。若い命が奪われてしまう現状。希望が摘まれているのだ。生まれる子どもが減っている中、大人になれずに人生を終える子どもが増えている。その一因として、コミュニティの単一化と閉鎖化があるのではないかと思う。

徳島県上勝町の「いろどり」の売上は2億6000万。長崎県大村市の「夢ファームシュシュ」の売上は5億8000万。一企業が地域経済に大きなインパクトを与えている。

「楽しい」は飽きるが、「面白い」は飽きない。人に当てはめるとよくわかる。「楽しい人」はつまらなくなるが、「面白い人」はつまらなくならない。

 「君は10年後、何をしているんだろうね」最近言われて、不思議だった言葉。さらに別の方からは「10年後が見える人と付き合っても面白くないからね」と。これは久し振りにカッコいい事、聞けたなぁ。と思った。

今、(固定的な)教師のいない教育の場を構想中。学びの一番の瞬間は、人に教える瞬間である。教えることによって、自分が学ぶ教育スタイル。そして、その対象顧客と自主的な教師のインセンティブ。教育の生態系を考えてみる。

マーケティングとは、「顧客は誰か」と問い、「その人は何をしてあげたら喜ぶのか」と考えること。日常的に鍛えることができるマインド。

論理のジレンマ。マーケティングで、顧客が欲しいものを論理的にまとめていくと、欲しいものの“答え”は1つに収束していく。出来上がった「もの」は他社からも同様にして売られており、市場に溢れているため、顧客にとって差別化されていない事になり、結果的にヒットしない。

【ソーシャルビジネス市場規模の比較】イギリスは事業者数55000で、市場規模が5兆7000億。日本は事業者数8000で、2400億。一事業者当たりの市場規模が、イギリスは1億300万に対し、日本は3000万。「経済産業省H22データ」より

本を読むリスク。自分の考えがしっかりしていない中で本を読むと、著者の主張に洗脳されることがある。それを何冊も続けると、読む度に自分(というか他者)の主張が変わり、いつまでたっても軸が出来ない。読んだ後に自分なりに解釈する時間が必ず要る。
逆に本を読まないリスク。本をまったく読まないと、文章表現が変わらない、語彙が増えないということがある。WEBや新聞でも代替可能ではあるが、統一している纏まった文章を読む方がベター。
あと、駄文を読んでもあまりプラスにはならない。良い文章、良い知識に触れることが大事。読む際に、どういう目的でその本を読むかにもつながる。悪書十冊よりも、良文一行。

“巣ごもり消費”が気になる。自宅や近場で完結する消費志向のことで、リーマンショック以降顕著である。米国でも、9・11後に見られた消費志向。ゲーム・ネット・自宅の食費が伸び、レジャーや観光の消費が落ちる。ゲームと観光をつなぐジオロケーションのコロプラは、橋渡しとして面白い。

世界には、約500の水族館がある。そして、日本には100の水族館がある。ほとんどが公共事業で造られている。美術館、図書館なども同じように。

 「経営理念に感動しました!」とか言うけど、そもそも理念とは感動させるようにつくっている。問題は、理念が良いかどうかではなく、理念が体現されているかどうか。カッコいいことは誰でも言える。カッコいいことを体現できる人(組織)はあまりない。Vision&Behavior

多様化とは、分散すること。多様性は連帯できなければ、ただのバラバラなのだ。最低限の共通性を認識することが、多様性のある組織をリードする一歩目。

「与えられる」が前提になっていると“与えられなくなった瞬間”が怖い。「与えられる」に依存した結果、知らぬ間に身体能力や脳が衰え、身動きがとれなくなる。

イノベーションは疎結合から起こる。というようなことを読んだのだが、どの本で読んだか思い出せない。

非営利報道機関のProPublicaがネットメディアとして初めてピュリツァー賞を受賞。個人資産家の寄付によって運営されているネットメディアで、journalism in the public interestをスローガンに「市民への裏切り、権力乱用、弱者からの搾取」を報道している

 「When the going gets tough, the tough get going!」乱世では強いものが生き残る。(ケネディ家の家訓)

【自分を客観的に捉える】1、自分に関するキーワードを50個あげる。2、親しい5人に、「自分に合うワード」を5個ずつ選んでもらう。※なければ、足してもらう。3、選ばれたキーワードをグルーピングし、つなげる。4、抽象度合いを階層化し、まとめる。

「素晴らしい言葉」は活力を与えてくれる。しかし、それは一時的に過ぎない。「素晴らしい問いかけ」はアイデンティティを破壊する。しかし、その後、継続的に活力が生まれる。何度も自己否定と肯定を繰り返す事で、確立した自己を育む。そうやって、軸や価値観は形成される。

Appleと聞けば、iPhoneやiPodを想像する。でも、アップルジュースと聞けば、飲み物のそれを想像する。リンゴと聞けば、林檎を想像する。言葉って凄いなと思いつつも、Apple社が既存の言葉を奪い取った事に改めて驚く。

「他の人が見ない“何か”を見てみたい。」その好奇心がリーダーシップへと通じる道かもしれない。

戦争と科学技術の進歩には、非常に強い関連性があるのでは?戦争は決して良いものではないが、戦争から学ぶべきところはまだまだあるように感じる。戦争とイノベーション。

「見える化」とは、形跡が残らないプロセスやブラックボックスを可視化(言語化)する事。見えにくいものであればあるほど、言語化スキルが必要となる。“事象を把握”し、適切で伝わりやすい言葉を“選択”する力。見える化で生まれた認識は、問題を浮き彫りにし、人々の行動を変えるキッカケとなる。

「人に期待するな。期待される人になれ。」「期待は時として人を潰す。」響いた言葉。

【服装観察】服装はその人らしさや職業を表している。例えば、スーツの人だと、スーツの材質、ネクタイのカラーや有無、シャツの型や色、靴の色など。女性だと、スカートかパンツか、全体の色合い、肌の露出度合いなど。これらである程度、予測がつく。
【バッグ観察】バッグはその人の習慣や行動を表している。バッグの大きさは、その人が持ち運べる量を設定し、その人が習慣的に必要なモノの総量を教えてくれる。バッグのデザインはその人の日常的な服装とリンクしており、さらにその人のファッション哲学を示している

ヘンダーソンの「適者の生存領域」“同じ特性を持った2つの種は同じ環境において共存し得ない”2番目である事は100番目である事と何ら変わりない。

8月後半のツイート

完全に自分向けのメモです。
8月16日~31日のツイートを編集。


ローカルがスタンダードになる意味が少しわかった。都市にまみれたマインドセットは人を不幸にする。人をROIで生きているわけではない

終戦記念日。負けた者に発言権はないし、歴史を上書き保存される。平和や戦争反対を感情的に訴えるだけではなく、歴史を見つめ直し、戦わずにして勝つ国家をつくらなければ意味がない。戦争の定義はフィジカルな領域から、ビジネスやバーチャル、ソフトに移行しつつある。その戦争に負けてはならない。

ソフトのソフト。ハードを活かすソフトを機能させるソフトスキル。コミュニケーションの繊細さ、アクションの大胆さ、コンセプトの明快さ。

働き始めて思うこと。アクションしてなんぼ。お客様になってもらう。人の悩みどころに対して、価値を提供する視点。“考える”や“賢い”が価値創出につながるとは限らない。“感覚”や“信頼”、“汗のにおい”が人を動かすことも多分にある。総合格闘技の要素に近い。

働き始めて思うこと2。考えをフル回転させる。お客様の状態やニーズ、期待、立場、人間関係、など想定される要素については全て考えておく。咄嗟の対応に耐えられる下準備は地味だが、確実に意味のあること。ベースにあるのは、相手視点にたつ“おもいやり”。感覚的なことにも気を遣う。

解決策をハードでやろうとする人は、偏差値的思考力が高い人に多い印象。ソフトに傾倒しすぎるのも仕組み化しにくいから、持続性がないので問題。よって、問題のタイプによってバランスを変える。一概にハードの上にソフトがあるわけではなく、ソフトの上に成り立つハードもある。

人は「自分事」情報のツイートを見ると、RTする傾向あり。共時性×共感。

イベントをする際は、主語でセグメントするんじゃなくて、動詞でセグメントしたほうが良い。

自分の中に、眠れる獅子がいるならば、それを起こす努力をすべき。例え獅子でなくとも、牙くらいあるだろう。爪くらいあるだろう。それを研ぎ澄ますことで武器にする。死なない内に戦い慣れすることが、戦いに勝つ力を与えてくれる。戦略的に戦闘を積み重ねるべし。

体系的なスキルセット、マインドセットについての教育ニーズあり?働き始めると、アウトプットにつながるインプットニーズが強くなるものの、個々人での取組では分野や興味が偏る。体系的、つまり整理整頓された情報に対しての欲求が刺激される。(仮説)

埋めきられたジグソーパズルに興味は湧かない。欠けたピースを埋めるから、楽しいのだ。つまり、欠点とは魅力であり、完成体が必ずしも魅力的であるわけではない。

ネットワーキングのためのネットワーキングはすぐに陳腐化する。つながりが面倒に変わるから。人はおもろいと思うから、新しい誰かと会い、話し、つながる。誰かと誰かをつなぐ場合、両者の背景を知っているからこそ繋げやすい。ネットワーキングの前提には、今ここに至るまでの道筋の共有が必要。

ブログは「投稿」ボタンまでにいくつかの障壁がある。ツイートはあまりない。自制できなければ、暴走する発信ツールではある。ただ、玉石混交状態であっても情報公開をすることで、背景のシェアにつながる。これがソーシャルメディアと現実をつなげたtwitterのパワー。

現実との距離が近いWEBツール。RTで発信された情報が拡散する伝播性。ローカルメディアはソーシャルメディアを有効に使える立ち位置にいる

起業家は学校ではなく、市場でしか育てられない、と昨日つぶやいた。しかし、逆に考えれば、教育現場に擬似市場をつくれば、起業家を輩出する仕組みになるのでは?今の仕事とリンクして、脳みそがスパークしてきた!

この世は舞台、人は役者。役割を果たすことが世界を動かす。

フローからのマスタリー。

戦略なき戦闘は無駄死に、戦闘なき戦略は絵空事。戦術だけでは策におぼれる。戦略と戦闘をつなぐ戦術が闘いを勝利へ導く。

木の葉を見る繊細さ。森を観る大局観。木を間違えない優先順位付け。

イノベーションは目的でも手段でもなく結果である。“何か”を変えようとあの手この手試行錯誤した結果、異質が組み合わされ、古い世界がガラッと崩れ、新しく世界が一気に拡がる。変えたい何かがあるのか、異質な協働への素地があるのか、世界を壊す覚悟があるのか。

地域の真実はシンク ローカル、アクト グローバル。

反省をバリューに変換する。話すこと、伝えることにはパワーが必要だと痛感。ソフトで入り口をつくるのは前提で、パーフェクトなハードをつくるのがコア。休まず、前へ進もう。

日が落ちた夕方七時前。普段と違う道。信号待ちで、辺りを見回す。“涙そうそう”がかかっているボロボロの八百屋。なんだかせつない。さびれた街。リセッショニスタみたいに後退を楽しむのも1つの生き方。ふと郷愁の想いに駆られる。音楽はさみしさを乗せていた。

綺麗に片付けられたものに美しさを感じても、それが愛おしさと同義にはならない。判断する感覚野が違う。無造作に愛おしさを感じるのは、そこにあるがままの気高さを見出すから。自然体ほど流れる美はない。静的であり、動的でもある。たまたま視線に切り取られただけのワンシーン。

風は突然のように目の前を通り過ぎる。その後には残り香すらない。自身は通過点に過ぎない。一部だから。全部がどこにあるかと言うと、わからない。始まりも終わりも無造作。然るべき通り道。存在も実体も確かめる術もないまま、自分の感覚だけを頼りに思い出す。

コミュニケーション戦略といいつつも、レイヤーとして戦術ぐらいのレベル感が多いのでは?とふと思った。戦略レイヤーなら、ブランディングの要素が多分にある。ステークホルダーとの全ての接点をデザインして、初めて戦略だと言えると思う。

先が読めない状況の中で、組織の中にはびこりがちな不安感を払拭できる「明るさ」。一方で、短期、中期、長期といった複数の時間軸を見渡しながら、冷静に状況を判断し、「深く読むべきこと」と「読んでも仕方のないこと」を切り分けられる「知恵」。
自らとタイプの違う異質の人材を活用し、さらに自分の目的達成だけではなく部下の自己実現を支援することで、より強いモチベーションを持ったチームを作り上げ、動かしていける「懐の深さ」。リーダーの条件について(御立尚資)

# 今から黒船。完全に戦闘モード。
# 22:04  にくたべすぎた。
# 22:06  黒船に勝たなきゃ、日本に未来ないわ。
# 22:12  若造なりに思うことは多々あるわけで。愚痴っても世界はまわるし、変わらない。
# 22:20  愚痴を言うのは簡単なんですよ。弱さを誰かが受け止めるから。でもね、弱さを外に出してばっかだと、自分が向き合うべき弱さがなくなるんです。弱さと向き合えないヤツは強くなれないんですよ。だから、いつまでたっても弱いまま。
# 22:46  マルチョウという名の弱音を吐きそう。

客観的なコンサルタント、主観的なアントレプレナー。自分は何者になるんだろうな。
物事を概念化してシンプルにモデル化するのは、考えるという点では有意義だが、事実はそんなに簡単じゃない。

地域性に興味はあるし、ローカルにこそ未来があると信じている。地域や教育が社会を変えると信じてやまない。その反面、自由にもっと飛び回りたい自分もいる。翼もない、足もない。それでも空を見ている。二つの自分の境界で生きる。二つを超える解をつくるために。

実はtwitterをバカにしてたけど、すこし認識を変えた。コネクト型のネットワークイノベーションです、これ。

思考力と行動力の重なる部分、思考力と想像力の重なる部分。ここらへんの妙が気になってる。一概に分けられるもんじゃないけど。

「ポジションがどんなに低くても、経営者目線を持って仕事をしている人は、全体会議など端々の発言や質問などで感じることが出来る。今の質問は、いつもそんな目線で考えてないと出来ない質問だなって質問に出会えた時はとても嬉しい。」

「804年、空海は31歳で遣唐使として、中国に渡りました。その空海が、816年、43歳で高野山を開きました」 「当時、高野山は、うっそうとした原生林であり、じめじめとした湿地帯であったはずです」高野山は千年の歴史を通じて、植林を続けてきた。建築資材の確保と経済基盤の確立のために。

コーズ・マーケティングは企業のイメージアップが目的ではない。商品の提供価値の向上が目的である。イメージアップを目的に設定すれば、形だけのCSRと何も変わらない。

【クックパッドのフリー戦略】閲覧は無料だが、人気料理のランキング情報を2004年から月294円で提供。有料会員数を明らかにしていないが、現在閲覧者の5%程度とみられる。ただで見ることができるのに、料金を払ってでもみたいという会員の心は時間節約と安心の確保にある。

希少性、代替可能性、競争優位性。必ずしも同じラインには並ばない。ズレることが武器にも隙にもなり得る。

宿題を頂くのが、営業のコツらしい。

ユーザーを極めても、クリエイターにはならない。
自分より秀でた人を部分的にベンチマークする。自分より、何段上から見ているか、何手先を読んでいるか、何ヶ月何年先まで大局を観ているか、何歩先を歩いているか、何キロ先を走っているか。
個人で最強を目指すことと、チームで最強を目指すことは次元が異なる。最初は最強の個を目指さなきゃいけない。色んな意味で。

事業者と経営者の視点を複眼的に。

余分なコミュニケーションってあるなぁ。砂糖入れ過ぎた甘ったるさ。塩入れ過ぎた塩っからさ。みたいな。
コミュニケーションの総量を増やさない。量は必要最低限に絞って、質をあげる。テンポ感覚も含めて。
コミュニケーションに関するリテラシー、特に受信スキルが高いと、丁寧なコミュニケーションが必要以上に感じる。量を減らして、質に特化していく。進化するコミュニケーションもあるのかなと。文脈みたいなコンテクストの高次な共有が前提で。

寺が大きくなれば、木材は必要となる。高野まきを植林したのは公家の棺おけ用資材として重宝されたため、財政的に役立った。それだけではなく、空海は人を育てることに注力するために、学校を建てた。その学校を建てる資金もまた植林で得たお金から出ている。「木を育てて、学校をつくり、人を育てた」

「迷いを感じるとき、次の行動として一番確率が高いのは「何もしない」だ」
「感情は伝達するもの。周囲にひどく影響を与えるもの。それは友人の友人の友人まで伝わる。もちろん近い存在の影響は強いし、関係が遠いほど弱くなる。」

You should be the change that you want to see in the world. 変化を起こしたくば、自身が変化となれ。

教育の難しいところは、教育サービス提供者は経験を積み重ねることが可能なのに対して、教育サービス受益者は一回こっきりだということ。生徒はその瞬間、その一年で人生が変わる。良くも悪くも。

No Guts No Glory. 気合なくして、栄光なし。

未来に対しての当事者意識。世代間の責任。変な枠をつくっては意味がないけど、人が力を合わせるためなら、そこに線引きと枠組みが必要。

教育は社会のインフラ。ヒトを人間にするプロセスに関わること。教育だけの問題ではないけど、間で生きていけない人が増えてる。その間を取り持つ。間に結び目をつくる。教育の価値は本来そこかも。

# 都会はものが沢山あるけど、作られた“もの”ばかり。田舎は何もないけど、“あるがまま”が在る。この差を理解しないとね、という野生の勘。
# 01:14  iPhoneやiPadは人を幸せにしたのだろうか。確かに便利だ。しかし、その便利さは何かを集約させたり、何かを効率化させたりするもの。短縮や集積によって、今まで無駄と呼ばれていたものが削除された。それは果たして便か?極論すると、すべてを集約し、効率化された世界は素敵なのか。
# 01:18  美徳の問題かもしれない。ネットとのインターフェースがよりユーザーに近くなり、無意識にウェブとつながるようになってきた。光回線は使い放題だけど、自らの情報回線はどうなる?そこをコントロールできるのか?ミクロでツールを使いこなし、マクロでツールに使われる。そんな危機も感じる。
# 01:22  別にiPhoneでなくてもいいが、スマートフォンは誰をどのように幸せにしたか。これは自分が自己満足的になるためのツールではないか?人が他者を幸せにするコミュニケーションをつくれるのか。売れ筋商品を「誰が誰の何のために」という視点でみると、一段深い心理に辿り着くかもしれない。
# 01:26  どんなサービスでもどんな商品でも、それらはどういった価値があるかという議論を必ず通過するだろう。ただ、その先に幸せに通じるストーリーがあるかどうか。そこを大切にしたい。感覚的なことだけど。プロダクトを通じたコミュニケーションはどんな想いを宿し、どのシーンを変えてくれるのか。
# 01:27  人の幸せをつくるのがイノベーション。
# 01:30  じゃあ、幸せって何ですか?となるわけで、その哲学は自ら持つべき。外に幸福像を探しにいくのではなく、自身の内にある幸福像をたぐってみる。掘り起こし、パーツを見つけて、カタチにして、デザインする。見えてきて、外と比べることに意味がある。順番を間違えれば、正解なしの地獄行き。


ある人から言われた言葉「毎日言う言葉が変わってもいい。それは進歩してる証拠。変わっていく自分に自信を持って」と。初心を忘れないことはスタート地点を忘れないこと。旅は続く。旅のなかで自分の核と出会う。そのための表面的な変化を恐れない。

コツをつかむ、のコツは骨。肉を切らせて骨を断つ。フレームワーク=骨組み。骨、意識してますか?

支援は支援者と被支援者のパワーバランスと支援の仕方が大事。被支援者のパワーが弱く、支援が増えれば、被支援者は我を失いやすくなる。支援者は被支援者を傀儡にしないための“支援”をしなきゃいけない。赤ちゃんにお菓子を沢山食べさせて「あとは勝手に痩せて」と放置したら、どうなりますかね。
良かれと思ってやる支援が原石を破壊することもある。傲慢さが自身の中にないか、支援者は自問自答すべき。過剰支援はリスクが高い。「してあげる」は被支援者の「自ら動く」を奪う。自発的な機会を少しずつ奪っていくわけです。静かにゆっくりと自発性を殺す

【けーすメモ】スタバとマックのコーヒー、覆面テストで味はマックの勝ち、高いのはスタバ。ジョイフルはなぜ安い、ドリンクバーはお得?ジョイフルとガストは何が違う? モスとマック、一番何が違う、バーガーを売るから競合?提供価値を考える。
【けーすメモ】アミュプラザの何階に何のお店が入ってる?コンセプトとターゲットの関係。イオンで過ごす一日とその目的、イオン鹿児島のなかでライバル店舗はいるか?競合と協力を読み取る。動線を考える。ゲーセンのとなりのフードコーナー。
【けーすメモ】具体から一般化、一般化から自分事へ。聴き方、引き出し方、巻き込み方、参加しやすさをコーディネート。キャッチボールを細かく刻む。楽しいから、参加したい、と思わせる。会話の中心をどこにおくか、キャッチボールのルート設計とボールの位置感覚。聴いて聞かさず話したがらせる。

スポーツ選手をみていると、若い才能が潰されるのがよくわかる。“精神と技術の習熟度”と“周囲の期待”のギャップが原石を破壊する様を。期待する側は、期待する責任を意識し、覚悟を決めてから、正しく期待をしましょう。期待は人を化けさせることもあれば、殺すことだってあるんです。

自分の興味対象がソーシャルビジネスではなく、チェンジメーカーだということに気付いた。これは自身にとって、大きな気付きだった。手段とか、目的とか、なりたい姿とか、野心とか、色々整理された。

ある教室で教授が試験問題を配布した。 「教授、これは前回と同じ問題ではないですか?」と生徒がきく。「その通り」と、教授。「問題は同じだが、今回は答えが違う」 そう言った教授の名前をアルバート・アインシュタインという。

学ぶと教えるのサイクルを回すのが、一番の成長だと経験的な意見。インプットとアウトプット、その間の創意工夫と試行錯誤が濃密だから。脳と体がフル稼働なイメージ。

「アイデアは、とてもか弱い存在だ。嘲笑やあくびに抹殺され、皮肉の刃にかかり、冷たい表情に死ぬほど脅かされる」(チャールズ・ブロウ)

言語化が難しいのですが、目的と手段とマインドの部分なのかなぁと。ソーシャル ビジネスはソーシャルな問題をビジネス手法を用いて、持続的に解決することです。通常のビジネスでは解決できなかったorしなかった領域なので、そこには革新性が必然的に求められます。
つまり、ソーシャルイノベーションというやつです。それに対して、チェンジメーカーは一段階ほど抽象的です。直訳すれば、変化を生み出す者。これはソーシャルビジネスもビジネスも政治も含んでいるのです。共通項はチェンジ、つまり変化・変革。それ以外はある種あやふやです。
僕の場合、自身の核がどこにあるか模索する中で、変革や変化という単語に当たりました。その落ち着く先としてのソーシャルビジネスがあったのです。しかし、自分の問題意識に沿っていくと、ビジネス領域ではどうにもならない部分もあるなと感じたのです。
一度棚卸しをしてみると、大企業でもベンチャーでも政治家でも行政でもNPOでも、チェンジメーカーという人たちや組織がある。そこに対するリスペクトが強かった。要するに、そういった存在で在りたいのだな、と整理できたわけです。それ以上もそれ以下もない印象です。

「自分が一番年上になる場、一番年下になる場、自分が教える立場になる場、この三つの場を同時進行で回せれば、学習速度が早まる」意外と一つ目が希少?というか「同時進行」というのが難しい。

シンプルなツールが可能性に満ちているというよりも、人間が多様な可能性を秘めているだけだと思う。ツールは引き出しの取手みたいなもの。引き出しとは、人間の心や頭の中のこと。見えなかったもの、気付けなかったものをシンプルなツールは引っ張り出してくれる。凄いのは人自身です。
知らない人に話しかけちゃいけないけど、知らない人にリプライしていい社会。リアルとバーチャルがある意味逆転。つまり、本質は変わっていない。

情報をプロセスで考えて、付加価値とプレイヤーをプロットしたら、おもろいことに気付いた。やっぱりチャリこぐと、閃く!

# ビジネスパーソンの基礎的なマインドセットとして、構造化のシミュレーションがある。例えば、スタバに入ったら、客単価と席数、滞留時間みたいな要素でざっくり計算したりする。さらに、この店舗の問題とか、どんな打ち手が効果的かとか考える。大前研一の「考える技術」に書いてあるようなこと。続く
# 21:26  そのマインドでシャッター街を歩いてみたのだが、かなり悩んだ。なんというか現状の要素どうこうじゃない気がした。ロジカルな分析では難しい現象。システマティックに考えないといけないと感じた。しかし、分析や打ち手以前に思想の重要性を強く思った。このまちはどうなりたいのか?住民のビジョン。
# 21:30  そこに住み、そこを生活空間として、人生の大きな一部として関わる彼らは、そのまちをどうしたいのだろうか。グランドデザインという、この“まち”の、この“まち”らしい未来像。答えは外にない、答えは内にあって、答えまでのプロセスに外の力が必要なんだ。
# 21:38  そんなことを思いながらも、“何もない”ことを楽しむ自分がいた。正確に言うと「あまりない」くらい。何もないんだけど、常に変化があるんだろうな、田舎は。純然たる変化。都市は人工物でいっぱいだ。それも変化するが、それは人の意図だ。モノに付加した意図を読み取り合う。

# ちょっと思考を飛躍。20世紀は分断社会。大量生産、大量消費には、専門化や分業が効率が良い。ものが補充されることが幸せで、効率的にするには没頭が一番。分断されてるけど、マイホームマイカーみたいな思想は共有されていた。頭は共有、体は分断。それでも良かった。
# 21:49  いつかは終わる経済成長。止まる前後から、雇用体系に変化が。もう共通のマイホームマイカーはなくなった。つまり、思想も分断された。しかし、グローバル経済に突入するなかで、分断は進み続ける。頭も体もみんな共有できなくなった。
# 21:52  つながりの崩壊は、地域社会や事件となって表面化した。先の見えない世の中は犯罪行為の障壁を下げたかもしれない。一方でテクノロジーが人をつなぎ始めた。ポケベル、PHS、ケータイ、インターネット、SNS、ソーシャルメディア。テクノロジーはつながるために進化したかのようにも見える。
# 21:55  目指す理想像も取り組む仕事も人生も分断されたけど、人はそれを取り戻そうとしている。遥か昔、人はなぜ村をつくり、町や国という共同体をつくったのか。その原点にもヒントはあるはず。コミュニティやコミュニケーションが叫ばれる。そこにも通ずる。
# 21:57  と飛躍させてみた。そして結論がない。まとまらない。思ったのは、ハード的な思考とソフト的な思考が出来ないと今の世は理解できんなぁと。理解しなくていいかもしれませんが。

景色に光を当てると“光景”。光を観るのが“観光”。そう、景色を観にいきましょう。

# プロトタイプをつくる、試作する、紙に落とす。まずはカタチをつくる。考えや想いを頭の中から一旦外に出して、研磨する。デザイン思考や修正主義、レゴの発想は共通している。完成体でなくて良い、あやふやな答えのヒントを具現化する。
# 07:44  情報を鵜呑みにせず、自分で考える。クリティカルシンキングは必要だが、全く出来てない人、ただの批判・否定だけしている人が多い印象。批判的に捉えて、複眼的に観る。違う答えを探すためのクリティカル。批判屋で終わりがちな自分に喝。
# 07:47  良い答えは優れた思考から生まれる訳ではなく、良い問いかけから生まれる。問いかけは思考のガイドライン。考える道筋を決める重要なスタート。悪い問いかけは悪い答えしか導いてくれない。初動が大切。

1863年5月、5人の若者が横浜港で帆船の出航を待っていた。 「もう二度と日本の地を踏めないかも知れない。しかし、今行かなければこの国の未来はない」と密航した。この若者五人を『長州ファイブ』と言う。ロンドン大学には、五人の留学を記念した石碑が立っている。

# 【Biomimicry case1】コウモリの超音波を応用した、ロボットの位置特定機能。コウモリは超音波を発してその反響音によって、周囲の物体の位置を判断する。これを模倣した超音波を発する探知機を開発し、ロボット車両の位置決定機能に応用する。
# 12:05  【Biomimicry case2】フンコロガシの暗視能力、映像撮影機能に活用。フンコロガシの暗視能力に関する研究からヒントを得て、あるアルゴリズムを開発し、これによって暗い場所での映像撮影機能を劇的に向上させることができるという。
# 12:05  【Biomimicry case3】海洋生物の分泌物がヒントの骨折治療用接着剤。サンドキャッスル・ワームという海で生息する生物は海中で巣を作るとき、砂や貝殻の破片などを結合させる粘着液を生成する。この粘着液の成分を研究。濡れた環境でも粘着性を維持できる骨折治療接着剤を開発した。
# 12:06  【Biomimicry case4,5】■アリ塚の構造から学ぶ、建築物の省エネ機能。冷暖房設備に高いコストを費やさなくても、建築物の内部の気温を一定に保つことができるという。■ハチの羽の動きを模した風力タービン。従来のタービンと比べ、エネルギー効率が約30%高いという。

鳥の視点を持とう。持てない時は、鳥の話を聞こう。

小さく産んで、大きく育てる。

頭が悪い上に、頭の使い方が悪い自分。切れるハサミでうまく切れない人もいれば、切れないハサミでうまく切る人もいる。旅の途中に「自分を使いこなしなさい」って言われたのをふと思い出した。切れないハサミしかないなら、それで切る努力をしよう。

空海は、遠大な志を持っていた。だからこそ、長大な展望と遠大な計画を持つことができたのだ。志が大きければ大きいほど、計画は大きく、展望もまた長期にわたることの証拠だ。目先の利益ばかりを追いかけていると、計画は小さく、短くなる。「その日暮し」に終始してしまうのだ。

凄いを目指しても、凄くならない。クレイジーに何かを突き詰めた結果、凄くなる。

仕事で忙しいには、二つパターンがある。誰かに頼まれた膨大なタスクを処理する“忙しい”。自分で考えたことを価値として創造するために膨大なプロセスをふむ“忙しい”

人に教えながら、それ以上のものを学んでいる。それ以外も沢山の学びと気付きがある。それに腑に落として、価値に変えるアクションをしていかないといけない。わかっちゃいますよ。だけど、難しいんです。不器用ですけん。

卒業旅行を海外から日本の僻地にするってどうでしょう?絶対おもろい。大学生全員が動くと、とんでもない金額がど田舎に落ちる。ソーシャルツアー。

何かを変えたいと思う時、まず自分を変えなければならない」最近、自分に対してよく思うことで、痛感してること。社会でも地域でも周りの人間でも何でもいいけど、偉そうに言う前に、自分が変わらんと誰も何も信用せんのです。言葉には力があるけど、行動には遥かに大きな力がある。

# ローカル新聞と日経は生き残るような気がします。個人的に、ローカル新聞は情報の希少性から面白いことができると思う。例えば、出身者を狙った地方紙アプリみたいなもの。鹿児島出身者が東京で南日本新聞のアプリを通じて最新情報がわかる、とか。
# 23:49  田舎出身者は地元愛が強いんです。地元のこと、知りたいんですよね。インターネットのWEBサイトもありでしょうけど、インターフェイスと接触機会の問題。僕は新聞買わないけど、西日本新聞のアプリに500円くらいなら払う。アプリに広告欄つくれますしね。初期収入と継続収入は見込めるはず。
# 23:51  ローカルに根付いた新聞社やテレビ局って、局地的なコンテンツは強いはず。あとはエンドユーザまでの経路でしょう。課金モデルと広告モデルをうまくミックスさせて、収益モデルを変えていかないと。

教育の最終形は、“教師がいなくなること”。教師と生徒という「教える者、教えられる者の関係性」を変えること。学びに上下関係をつくらず、互いに学ぶという場の設計が教育の概念を根こそぎ変える。パラダイムシフト、認識から変えていく。というイメージ。
# プロダクトライフサイクル、企業の一生。商品も事業も寿命があるという考え方。しかし、企業はゴーイングコンサーンの基本理念に基づいている。その矛盾と比較すると、自身の存在がなくなるような社会を目指すNPOの基本理念はある意味正しい。
# 01:04  リーダーの最終形は自身がいなくても、組織(チーム)がまわること。つまり、次のリーダーを育てることであり、リーダーシップのタネを巻くこと。そして、自身の存在を否定出来ること。リーダーは死ぬ為に生きるような存在。これはNPOの基本理念と似ている。
# 01:08  教育、リーダーシップ、NPO。三者のあるべき姿を自身の消滅だと認識している。これは個人的な価値観に基づいていた考え。おそらく政治も部分的に当てはまるだろう。

「生きているシステム」として学校教育を捉え直すと、学習プロセスが「生き生き」とする。学習する組織を“学校”に適用する。その素晴らしい内容に朝から夢見てしまった。「初等・中等教育における『学習する組織』の実践について」PDF→ http://bit.ly/aBWcm7

自然界は優れた構造物や素材で溢れている。例えば、蛾や蝶の羽や植物の葉の表面は掃除をしなくても汚れない構造になっている。表面が水に濡れると、その細かい凸凹が疎水性を発揮して水と一緒に汚れを流してしまう。
# 21:51  アリ塚は、分厚い外殻、上下に伸びた空気ダクト、そのダクトにつながった通気穴によって塚の中の温度や空気循環を保っている。外気の温度は2℃から40℃まで変化するにも関わらず、中の温度は常に30℃前後。この温度は、シロアリが育てているキノコ類の栽培に最適。
# 21:52  このような生物の生体機能を活かしたものづくりを、バイオミミクリー(biomimicry=生命体を真似る)という。アリ塚の構造はエネルギー効率の良い建物づくりに活かされ、蝶の羽の構造は自己洗浄性にすぐれたタイルやコーティング料づくりに活かされている。
# 21:55  身近な自然から学ぶ技術開発の歴史は長い。例えば、あのレオナルド・ダ・ヴィンチは鳥の翼を観察して飛行力学の知識を得た。今から500年も前のこと。

笑いとは、日常と非日常、常識と非常識、期待と裏切り、理想と現実、これら2つの要素のギャップ、もしくはねじれである。2つの要素が収斂する際に、笑いが巻き起こる。

ブランドビジョンの既定する時に使えるのが電通のハニカムモデル。概要→http://bit.ly/ak6Kny 講義→http://bit.ly/9jZzf7 事例:うみたまご→http://bit.ly/cyxOku 青森(P39)→http://bit.ly/9JOYkC

授業の面白さ = 1.内容の面白さ × 2.やり方の面白さ × 3.講師の面白さ 1、2を高めないと、教育効果は高まらない。

# バイオミミクリー、生物模倣。自然界で生きている生物の機能を観察し、それを人間が使用する機械や道具などに応用すること。たとえばマジックテープは、スイス人が猟に連れて出た犬にごぼうのイガが強くくっついていて取り除こうとしても取れないことに着目して開発されたものである。
# 12:29  先端製品の開発手法としても注目され、ミズノが2008年の北京オリンピック向けに開発した競泳用水着は、カジキの肌を参考にして水を吸収しやすい高分子を生地に埋め込んでいる。
# 12:29  ゼファーが開発した小型風力発電機は、自在に動く尾翼が特徴となっていて、固定式と違って、本体が風向きに合わせて首を振るときに風の流れを邪魔しないようになっている。このために発電量は従来の発電機に比べて約20%高くなっている。
# 12:30  ゼファー社長の伊藤瞭介が川をさかのぼるコイの尾鰭からヒントを得たという。また風を切る音を減らすためにしま状の突起を裏面に施していて、これはフクロウの翼を参考にしたものである。http://bit.ly/cQqImT

#  ワークショップやディスカッションの設計。1.一人で考え、悩ませる。 2.ペアでコミュニケーションすることで、言語化させる。 3.三人以上でグループにして、アイデアや意見をブレストし、グルーピング。 4.グループごとに発表。 コツ:ステップを踏むことで、一人一人の知恵を拾いつくす。
# 14:26  問題の難しさ = 問題自体の難しさ × 制約条件 制約条件には「時間的制約」や「物理的制約」、「精神的制約」がある。どんな問題も簡単に難問に出来る。
# 14:30  “三人よれば文殊の知恵”というが、そこには適切なコミュニケーションデザインが必要。

自分のFrameworkをつくるって大事。今しょぼくても、後に武器になる。

相手の理解力に頼るコミュニケーション。自分の発信力に頼るコミュニケーション。一見似たようなやり取りにも、大きな差がある。相手の理解力を疑う前に、自分の言動を疑え。

江戸時代、日本にあった寺子屋の数は今のコンビニと同じ数ほど。当時の人口は約3000万人。比率で考えると、コンビニの4倍の数ほど、学び場があった。日本人は教育や教育談義が好きな民族なんです。この流れをもう一度。

母親が育てているのは、未来である。未来を変えるために、母親や家庭を変えること、より良い環境にすること。

【動く椅子】図書館の利用者がカードをセンサーに読ませると、図書館を利用中、椅子がずっと後ろを付いて来てくれる。オランダのデザイン・アカデミーのプロジェクト。www.jeltevangeest.ni

東京マラソンの参加者推移。2007:77,521人 2008:130,062人 2009:226,378人 2010:272,134人 その日一日を共有したい、“瞬間大衆”

北海道、東広島市。個人の庭を一般に開放する「オープンガーデン」が人気。市民の庭をネットワークすることで、まちをつくる。プライベートとパブリックの新しい融合。アメリカの「パーキング・デー」なども参考になる取り組み。

「伝統工芸品は、“骨董”になったらだめです。変えてはならないものと変えなければならないものを峻別して、常に時代と共に変化していかなければ、生き残れません」上原勇七

変わらないことに焦り、変わることに戸惑い、歩き続ける。変化を求め、変化に迷う。人ってのは不思議な生き物ですなぁ。

コンセプトを擬物化しながら考えるワークショップなう。
# 15:10  授業という名のプレゼンテーション。いと難しい。
# 18:23  熱く語りすぎたなう。そういや、こんなキャラクターでしたわ。
# 18:50  不完全燃焼。モヤモヤを言語化したい。
# 19:07  学生時代に大学生向けにやっていたプレゼンテーション研修をアレンジして、高校生向けにしたけど、個人的にかなりイマイチだった。最低レベルは保証出来たけど。彼らのコミュニケーションをベースに組み立て直さないといけない。「喋れない」を「喋れる」ようにするのは難しいなぁ。
# 19:11  インタラクティブ、双方向にやる難しさ。準備ではどうにでもならない即興の部分。しかし、事前にあらゆるパターンを想定しておけば、なんとかできる。あとは経験値と経験的勘。掴みどころと、離しどころ。
# 19:24  生活の外に遊びをつくるのではなく、生活の中に遊び場をつくる。

人の精神的なポテンシャルに対して、踏み込む怖さ。

目覚めていない意識、眠ったままのチカラ。起こすキッカケを設計する。引き出す。

世界を切り取ることをデザインという。世界の瞬間を記憶する“写真”。世界の瞬間を繋げ直して新しい世界をつくる“映画”。

対象者が若くなればなるほど、考え方、意識、マインドセットなどメンタリティな部分を変えることの責任が大きくなる。何故なら、人生を左右しかねないから。それも大きく。教育というコミュニケーションで、一人一人の人生を変えかねない。
# 23:18  自分の立場や経験を踏まえて、冷静に考える。僕が語りかけることに、どれほど影響があるのかと。かつての我が身を思い出す。当時、“大人”の言葉がどれほど影響があったのかと。社会を知る“言葉”がどれだけ世界を広げたのかと。柄にもなく、悩む。答えは見えているのだが。
# 23:19  熱く語ったことが響いたのか。その目は真剣だった。僕は道を示せたのか。正しい問いかけは出来たのか。わからずとも、進むしかない。恩師は何を想い、自分に問いかけたのか。過去に想いを巡らせる。

コミュニケーションは、コードとデコードで成り立っている。人は気持ちや考えを言葉にコード化して相手に渡す。相手はそれをデコードし、意味するところを受け取る。万人がデコードできるものをユニコード、ある特定の集団しかデコード出来ないものをローカルデコードという。

公文式のシステムは本当に素晴らしいと思う。「繰り返し」と「飛び級」の組み合わせ。繰り返すことで、圧倒的な練習量をこなし、出来る子は自分が出来るだけ進める習熟度別の飛び級。小学生のうちに高校レベルの内容を終える子もいる。幼ければ幼いほど学習スピードが早い。スポンジのように吸収する。

観光しにきたけど、光より陰が目立つなあ。見方次第なんだけど、陰の割合が多い…。ヒト、モノ、バ、クウキ。何を光らせれば良いのだろうか。気が付くと、気になる項目に「ツーリズム」が入ってた事に気付く今日この頃。
陰があるからこそ光がある。都会は光にまみれていて、陰が濃くなりすぎて、闇になっている。田舎は陰が多すぎる。しかし、闇にはならない。社会的な意味で。

【飲み会を充実させるアイデア】お題先決め。飲み会などのスタート時に「これは聞きたい・これは話したい」というテーマをカードに書き込む。その後、カードを元に会話する。カードをシャッフルしたり、そのカード自体もネタに。もし盛り上がってカードが余れば、また次回飲みましょう、と導線設計。

8月前半のツイート

完全に自分向けのメモです。
8月1日~15日のツイートを編集。

貧困層に保険を提供するためのイノベーション
http://www.ifpri.org/publication/innovations-insuring-poor

信号機の「通行可能」の色を、青と言ったり、緑と言ったりする。海と山を見て、海を緑、山を青とは誰も言わない。

前時代的な露出を増やす地域活性化はブーム性が強くなり、一過性のものになりがち。

地域の伝え方こそ、持続性のあるコミュニケーションデザインが必要。現場から逆算するストーリー。

権威型リーダーシップの教育は生徒を受身にする。生徒の自主性を引き出し、惹きつけるリーダーシップとは何か?教育者サイドはリーダーシップの在り方を問われる。

シリコンバレーが注目する欧州の新興企業。 ドイツ人がビジネス担当。 ロシア人がソフトウエア開発の担当。 フランス人がユーザーインターフェース担当。まさに多様性の連帯。言語の壁を超えた協働は政治よりもビジネスに活きるか。「クーリエジャポンより」

高校生がiPad×twitterが使うことでの学習効果をはかる「Soclaプロジェクト」開始
http://blog.beatiii.jp/information/post_18.html

仕事の最高の報酬は仕事。ある意味、存在意義の確認。

言いたいことを言う。言うべきことを言う。コンテンツが同じでも、スタンスが変われば意味が変わる。

ストーリー・テリングを重要な能力の1つのように感じる今日この頃。自分を物語るチカラ。同じように、商品を、事業を、企業を、物語れるか。

ありえないことを、ありえるように見せる。

ブレストの鍵は、ルー大柴と高田純次が握っている。

まちを通じたまちコミュニケーション。無意識のうちに、まちは前提になってる。意識しないコミュニケーションは意外なとこで支えになってる。

児童虐待について、親に対する責任追及の論が強い。しかし、現代の母親がどんな状況で、どんな気持ちで、どんなストレスを受けているか、考えなければ意味がない。こどもを虐待しようと思わずに虐待しているのであれば、これ程の悲劇はない。見えない何かが壊れている。

魔法の言葉「なたもだ」
なぜ→例えば→もし→だから この問いかけで作文が一気に書けるようになる。確かに良いフレームワーク。

「負けるが勝ち」「損して得取れ」こういう言葉を考えた人は戦略家。負けや損を冷静に手段として捉えてる。

経営コンサルタントは「算数」と「国語」が重要と終わります。分析・論理的志向のために算数はすべてのコンサルに必須。しかし人を動かすには「言葉」が必要であり、一流と二流のコンサルを分けるのは「国語」だと言われます。

生きることは当たり前じゃない。生きることは、他の「生きる」を見ること、関わること、共有すること。それは自分以外の死を受け入れること。想いを受け取り、継ぐこと。“生きること”とは、他者と存在意義を確認しあうこと。存在を通じて、お互いに生きる意味を知る。

問題内容×時間制限=難易度。「タイムプレッシャーは、難易度の調整にも最適である。やさしい問題をやる時にも、タイムプレッシャーをかけることで、脳にとって最適の難易度にすることができる」

自信も仮説的に意識する。「根拠のない自信を持て。必ずできると信じて、それを裏付ける努力をせよ」

視覚的情報はある程度遮断できる。聴覚からの情報は遮断しにくい。音のちから。音楽のパワーを感じる今日この頃。

【メモ】週一回は芸術に触れる。無肉日をつくる。週一回は走る。週三回は日付け変更前に寝る。タスクリストとtodoリストを分ける。モレスキンを有効活用。本をブクログで一元化。弁当用の料理を五つマスターする。

服は哲学だけど、思考を制限する鎖だ。服を脱ぐことは制限から開放されること。クリエイティブは自由から生まれる。鎖から解き放つのは、体と心と脳。全裸だから生まれるイマジネーション&クリエーション

期待に応える事は何ら特別ではないし、普通であり、当たり前。期待を超えることで、自分なりの価値をつくる。どう超えるか、その期待値の裏切り方が付加価値につながる。

世界中の知恵をシェアできたら、多くの問題は解決できる。世界中は無理でも、あるクラスター内で知恵をシェアすることは予想だにしないインパクトを生みそう。

さえない若者がひょんなことから巨悪との戦いに巻き込まれる。きっかけはちょっと勝気で男勝りな良家の女性。彼は苦しみながらも、老人の助けを得て、遂に巨悪との戦いに打ち勝つ。彼には特殊な能力があったのだ!(スターウォーズ=サマーウォーズ)

理想ベースで考えて、現実ベースで動く。

本屋に行った時のワクワク感って、何なんだろう。幼い頃、図書館に行ってたことが原体験かも。よく図鑑10冊を借りていた。「ここには自分の知らないことがたくさんあって、ここに来ればそれらを知ることができる。」自分の世界の“拡げ方”が、本とその集積した空間だった。

本の形態が変わったのか。付録の売り場が本屋になったのか。いずれにしろ、この売れ行きは驚異的。「「2日で30万部増刷!」宝島社の独走に大手三社も追随! 激化する雑誌"付録"戦争」
http://news.livedoor.com/article/detail/4932328/

主語と述語をずらして行くと、表現は面白くなる。

商品を小口にして販売するようなBOPビジネスは、包装一つとってもゴミが増える。

趣味的な学び、実務的な学び。世の中には、圧倒的に学び場が少ない。一人で学ぶんじゃなく、集団で学ぶほうが良い。学習する組織的な場が1つの理想。

サブサハラ・アフリカの中心部の国にも、100以上のマイクロファイナンスカンパニーがあるが、貧困解消にはつながっていない。

映像の破壊力は、圧倒的に強い情報発信力にある。TVからYouTube、そしてUstreamと映像サービスは変化してきた。映像への接し方、制作側の入口拡大、変化のなかで情報量を編集し、コンテンツのクオリティを高めることがより鍵に。

発信機会の平等は、発信者の母数を増やす。それが競争につながれば、クオリティは次第に高まる。もう一つの手段としての“共創”。異質とのコラボレーションは新しいものを生む。しかし、異質であればあるほどコミュニケーションが難しくなる。

コラボレーションの効果とコミュニケーションのやり易さの接点が一番イノベイティブなものを生み出しやすい?無難な落とし所な気もする。イノベーションを生むチームには、高度なコミュニケーターが必要だという論があるが、そこを専属でつくるのか。

三流の人はお金を残し、二流の人は名を残し、一流の人は、人を残す

XVDを使った遠隔医療・遠隔教育は途上国だけでなく、国内の中山間地域や離島などの過疎地域でも活用できそう。

田舎らしい田舎。夏らしい夏。“らしい”と“らしくない”の感覚差って実は大事なのかも。

その土地のものをその土地で食べるからこそうまい。味覚だけで食事をするのではない。

ダメ出しのされやすさは、ある意味徳だと思うようになってきた。ダメ出しされまくって、それを反映させないかんとです。しみじみ感じるところ。

自分の弱みを書き出したら、少し楽になった。自分に甘え、他者に甘えていない。そんな弱さを内に隠した自分がいた。弱さから逃げていては、何も変わらない。

○○系と修飾するのは、同種を表すもの。新しい群れ。

業務フローを見まくるなう。肥大した組織はマネジメントタスクが増えて、その専属が多くなるのね。作業工程に対して、管理工程が増える。

日本語のダイバーシティは英語で言うとDiversity & Inclusion(多様性の受容)に該当する。今まで蚊帳の外にいた人々を中に取り込む。除外から包含へ。エクスクルードからインクルードへ。

があるのに飛ばない鳥を見て、「なぜ飛ばないのか」と思う。翼を使わなくなった鳥は飛び方を忘れ、飛べなくなる。その道を選択したのか、そうならざるを得なかったのかは分からない。ペンギンは泳ぐことに特化した。泳ぐことに特化したから、ペンギンになったのかはわからない。でも、現実はそうだ。

これはヒトの可能性についても同じだ。やればできるのにやらない。それは羽ばたく翼を使わないことに等しい。ただ一つ違うのは、人の翼は個々でだいぶ違うこと。飛ぶ領域が違うというか、翼の質自体が違うというか。でも、翼は使わないとその質も使い方もわからない。つまり、はばたけ。と。

羽ばたくうちに飛べるようになる。どんな飛び方かはわからん。それでも最初から飛ばないよりはマシだろう。早く安全圏から飛び出せ、と。チャリに初めて乗る時と一緒。最初はこける。こけてこけてこけまくる。そのうち体が慣れてくるさ。だから、前に進む。

花は咲く場所を選ばない。種が落ちた場所に懸命に咲く。

100回会っても「知り合い」な人もいれば、1回会っただけで「友人」になる人もいる。

他人の解釈を流用しない。

わかってると出来るには壁がある。賢いと仕事が出来るには壁がある。知ってると使えるには壁がある。その壁は汗かいて、もがいて、泥まみれにならないと越えられない。そう思うのだから、グダグダ言ってないで動きましょう、自分。ワクワクしてきた!

英国は駅で乗車券をマシンで買うよりも窓口で買う方が多い国。各種(旅行、観劇、コンサート)の予約も直接対話が多い。対面コミュニケーションが日本に比べると格段に求められる。だからバリアフリーもハード先行で考えない

障害がなくなれば、コミュニケーションはなくなる。ということは、障害を越えるためにコミュニケーションが必要となるのか。バリアを意図しておくことがコミュニケーションをうむ。なるほど、ハンカチをわざと落とせと。

読み手を意識した言葉には、不自然さがつきまとう。“伝えよう”とする感を受ける。二次的なイメージ。ポッと出た言葉の方が臨場感があって、みずみずしい。つるん、と。

1000人の顔見知り < 10人の仲間

ファクトベース。事実をつくるのが起業家精神。 「事実を調べずに、願望だけで事象をとらえると、大衆の考えや心理に流されてしまう。」

聴くだけでなく、音を楽しめる音楽がどれだけあるだろう。

エクスクルーシブな社会は人に疎外感を与え、暴走するトリガーに手をかけやすくする。連帯感は苦しい時ほど必要なのかも。コミュニティが人を包含するけど、閉鎖的・鎖国的であれば、それも人を追い詰める。緩いインクルーシブな社会が在るべきなのかな。

笑い = 内容 × 伝え方(表現) 笑いの最大化 = 面白い内容 × 面白い言い方 笑いのイノベーション = 面白い内容 × あえて真面目に言う 雰囲気面白い = つまらない内容 × 面白い言い方

【アイデア】新書を用いたゼミ。パワーランチ形式。毎週1冊、月4冊、年48冊。

最近、温度のある言葉とそうでない言葉の影響力の差を強く感じる。

セカンダリーな情報に安住するのでなく、プライマリーな情報を取りに行く。というよりも、プライマリーデータをつくる。情報の上流を抑えるのは事業の基本かもしれない。情報もバリューチェーンがあるんだよね。うん、いまさら気付いた。

【メモ】乱世の英雄。アジェンダ・シェイピング・リーダーシップ(課題設定型リーダーシップ)

専門用語を子ども用に言い換える。これは普段とは違う脳みそを使って、おもろい。彼らの語彙や社会に対する知識を想定しつつ、用語が本質的に何かを考えてシンプルにして、つなげる。コピーライターならぬコピーチェンジャー。

未来の話をするのはすごく楽しい。でも、未来を実現する瞬間の方がさらにエキサイティングなんだと思う。そう思うと、楽しさでにやける。ただの不審者である。妄想が未来を生み出す。

「社会貢献」を仕事にするのはどうだろう?何の仕事であれ、誰かの役に立ち、対価をもらい、税金を納めてる。それは立派な社会貢献。ヒーローを社会貢献に求めているだけのように感じる。そして、社会貢献ではなく社会変革の方が必要。おかしいものを助長しても意味なし。

出逢いの数 = 別れの数 喜び = 悲しみ

突然、訪れる偶然は疑いようのない必然だったりする。

【メモ】コミュニケーション・デザインのシークエンスがリレーション・デザインにつながる。

世の中と自分の繋がり方を“肩書き”と呼ぶ。「人からもらった肩書き」と「自分でつくった肩書き」はまったく意味が異なる。自分と社会への橋のかけ方。ある意味、生き方。

時間の流れと人の流れは色んな形で交差するんだろうな。

失敗と成功は同じベクトルに存在する。失敗を経験していないということは、成功に近付いてないに等しい。

大いなる力は大いなる責任をともなう。責任とは力を持つことと同義であり、アクションなき責任は力を活かしていないため意味がない。責任の大きさはヒトの器であり、ヒトを大きく上回る責任はヒトを殺すことさえある。受けきれる責任が小さいままだと、変化がなく成長しない。適切な責任負荷が必要。

自尊心を育てるのはすごく重要。自分に対して尊敬の念を持つことは自信を生み、他者への尊敬につながる。その波及は他者への影響としてあらわれる。ポジティブサイクルが回れば、自尊と謙遜を兼ね備えた人が増えていく。

リスクをとっても死なないなら、そのリスクは実はそんなに危険ではない。チャンス。

最近の気付き。最強のビジネスツールは、紙とペンと靴。

最近の興味は、アウトプット教育。自発性とは、言葉であり、文章であり、行動であり、表現である。自発できないのは悲しいこと。その一段階先に、意見を言う、企画をつくる、など社会的なスキルがある。インプットとアウトプットを同時にすることが成長を加速させる。

中間支援組織だけが増え、プレイヤーが増えない現状を考えてみる。なぜ「支援」したがるか? 1.そもそも支援になっていない。支援はマーケティング視点がなければ、ただの押し付け。痒いところに手が届くから支援である。 プレイヤーのためにならない支援という自己満足。

2. クリエイト経験の不足。自分のフレームワークでモノをつくった経験が不足しており、想像力が弱く、自分で創造できない。3.世の中に物質的なモノが溢れており、新しいモノが必要ない。サービスの場合はコンセプチュアルなスキルと実現の両輪が問われ、モノづくりより複雑な個人スキルが必要。

なんか全然まとまってないなぁ。支援は必要なんだけど、リスクマネーは誰も供給しない。IPO控えたベンチャーにこぞってVCが集まる!みたいな。

支援者のあるべき姿として、蚊帳の外にいるのではなく、リスクテイカーのリスクをシェアする存在がある。チャレンジャーの参入を増やすために、リスクを減らす、リスクを分かち合う。それはノウハウやネットワーキング、マネーかもしれない。しかし、形として必ずあり得るはず。

セカンダリーな支援ばかりが流行る。しかも、戦場から程遠いロジスティックスばかり。必要なのは、兵士と背中合わせの支援。下手すると、怪我する領域で。リスクテイカーのリスクをシェアし、低減できるサポートの仕方が必要。安全地帯でカッコイイことを言うだけの支援部隊は戦いに不要。

半年後は、ある程度予測できる。1年後は、予測できない。5年後、ほぼ不明。10年後、手掛かりなし。つまり、人生は面白い。

iPhoneに変えて思ったのは、ある意味不便だということ。このインターフェースは手だけでは使えない。画面を見ていないと、どのボタン(パネル)を押しているか手掛かりがないから。視覚ありきのインターフェース。

出来ると思っていた事ができない。出来ないと思っていた事ができた。やってみるまで答えはわからない。わかったつもりが調子を狂わせる。行動にピントを合わせないと。

書かないと、書けなくなる

限界集落よりも、地方都市の方が限界が来そう。限界団地やニュータウンの高齢化も深刻。

プロフィットセンターの最大化とコストセンターの最小化。

Going Concernって、冷静に考えると不可能のように感じる。ここが株式会社とNPOの決定的な差か。存在を維持する為に儲ける。不思議な箱だなぁ。

企業は何の為に存在するのか。企業は誰のものなのか。こう問いかけられると、納得できる解を返すのが難しいな。法的な解釈を伝えてもあまり意味がないし。とかモヤモヤ考える休憩タイム。

本を読んでいて、ふと昔、考古学者になりたかったことを思い出した。恐竜の図鑑を眺めて、太古の地球に想いをはせた幼き頃。化石というパーツから、過去を復元する。その化石ですら、形にならないピースばかり。“ひとかけら”を掘り起こし、繋ぎ、想像する。その過程に浪漫を感じていた少年時代。

1円の利益を出すには、1円で2円の価値をつくらなきゃいけない。2円を使って3円の価値でもいいけど。ここは凄く重要な気がする。価値と価格、価格と費用の狭間にあるもの。

事象と事象の間にある、見えないものが一番大事かも。繋ぐとは、見えないものの橋渡し。透明な橋は手探りしながらじゃないと作れない。

ものを使うというよりも、いたわるというコミュニケーションをとると、愛着がわいてくる。使い捨て時代に、愛用するものとそうでないものの違いは何か。

マーケティングにおける6つの間違い。1.生活者の思考プロセスは筋の通った合理的なものである2.生活者は自らの思考プロセスと行動を容易に説明することができる3.生活者の心・脳・体、そしてそれを取り巻く文化や社会は、個々に独立した事象として調査することが可能である

4.生活者の記憶には彼らの経験が正確に表れる 5.生活者は言葉で考える 6.企業から生活者にメッセージを送りさえすれば、マーケターの思うままに、これらのメッセージを解釈してくれる

【GDメモ(定性分析)】客観的な事実である「事実・事象」(ファクト)、そこから気づき を得る「発見」(ファインディングス)、発見を体系化する「フレームワーク化」のプロセスを繰り返す。

フリーは教育にまで及ぶ。『世界初、学費無料のオンライン大学、ユニバーシティー・オブ・ザ・ピープルの試み』 を講談社現代ビジネスに寄稿しました。
http://www.socialcompany.org/archives/2010/08/misc/socialize_1-2/html

確かに。大学四年間で退化する人は多いですしね。「世銀は最近日本人の高校生向けにリクルート活動をしているらしい。世銀を目指している優秀な高校生が役に立たない大学学部に進学するのを阻止するためだそうだ。」

最近、どの機関も人を育てなくなってきてるなぁと思います。教育が社会のインフラなのにも関わらず。「本来なら国連職員養成をうたっている大学が世銀で働ける人材を育てるべきなわけですが、それができてないっていう世銀の判断なわけですわ。」

「就職支援に傾倒する大学ゼミ」「教育コストを下げるために新卒のハードルをあげて即戦力に絞る企業」広義の教育だとは思うんですが、どこも余裕がなくなって実利にシフトしすぎている。教育に遊びがなくなってきてる。その遊びが学びなんじゃないのかなと思いまして。

模様のある紙にそこまでの価値をつけたシステムが凄い。まさに有機的。「お金には引力がある。その引力は目には見えないが、人々の間に着実に作用している。貨幣ほど人間の精神性に入り込んだ人工物はないんだろうな。」

自分の武器は爆発力と気合だ!それでどうにかこうにかバリューだす!

筑後の山々が見えると、どこか懐かしくなる。学生時代、遊び半分学び半分で参加した子どもキャンプは良い経験になった。一緒に遊んだ子どもたち、キャンプをつくる地域の皆さん。行政、NPO、自然体験、過疎地、教育、その他もろもろ。ぼくを地域と教育に導いた原体験の一つ。

「未来とは落下傘的につくり出されるものではなく、その場所だからこそつくり出せる未来、その場所だからこそ、つくり出すべき未来があるのだと思う。だから、マージュの地にかつて何があったのか、そして自分はどこから来たのか、にとても興味がある。」

自分に正直に、誠実にありたいと思います。「でも、どんなに格好いいことを言っていても、言ってることとやってることが違うのが一番イヤ。「正直」とは言葉を現実に合わせること。「誠実」とは、現実を言葉に合わせること。来年こそ、このお盆の季節を大切にしよう。」

ランサー