"Some men see things as they are and ask why" "I dream of things that never were and ask why not"
2011/05/23
当たり前を見過ごしている
緑色の楓。
紅葉(もみじ)と呼ぶから、赤色をイメージしてしまいがちだけど、緑色。
当たり前のことを見過ごしているんだなと思いました。
見過ごしている当たり前。
当たり前じゃないはずの当たり前。
観ること、考えること、動くこと、ちゃんと直列につないでいきたい。
2011/05/11
萌芽
5月11日、今日。
いよいよ、スタートします。
仕事の案件が正式にスタートするのです。
生徒が自分の役割や可能性に気付くこと。
先生と生徒が新しい学び方を体験すること。
「世の中」と「学び」をつなげること。
要するにこういうことなのかな、と。
「自分が教える」ではなく、
「学ぶこと」「体験すること」という行動を
物語として設計する。
やはりコーディネーター、プロデューサーという
接し方・関わり方なんでしょう。
僕もまだまだ若い木だけれど、
これから育っていく芽が
スクスクと大きくなっていくように、
そんな時間を、そんな空間を
つくりあげていきたいと思います。
自分ひとりの力ではなく。
いよいよ、スタートします。
仕事の案件が正式にスタートするのです。
生徒が自分の役割や可能性に気付くこと。
先生と生徒が新しい学び方を体験すること。
「世の中」と「学び」をつなげること。
要するにこういうことなのかな、と。
「自分が教える」ではなく、
「学ぶこと」「体験すること」という行動を
物語として設計する。
やはりコーディネーター、プロデューサーという
接し方・関わり方なんでしょう。
僕もまだまだ若い木だけれど、
これから育っていく芽が
スクスクと大きくなっていくように、
そんな時間を、そんな空間を
つくりあげていきたいと思います。
自分ひとりの力ではなく。
2011/05/07
365 to 366・・・
25歳の僕にとって、1年という時間は大きい。
自分を形づくる25分の1の時間だから。
というより、今までとまったく異なる状況に身をおいた1年は
若造には感慨深いものがあるのです。
1年前の5月5日。
鹿児島県内の知り合い、1名。
1人暮らし、初めて。
鹿児島に来たのは3回目。
家具、なし。
トランクケースとリュックサックのみ。
ほとんどゼロに近くて、ほとんど全て新しい。
「なんで鹿児島にきたの?」
と聞かれても、的を射る回答はできなかった。
自分を変えたくて、逃げてきたのだろうか。
それとも戦うためだったのだろうか。
思い出せるのは、挑戦したい!という思い。
あやふやだけど、どこかエネルギーを持っている言葉。
本当に僕は挑戦しているのだろうか。自分に甘えていないだろうか。
そんな気持ちはいつもどこかにある。
まぁ、たぶんサボり症だし、甘えてるんだろうけど。。。
本音を言えば、「1年したら地元に帰るのかなぁ」なんて思っていた。
明確にそう思っていたわけではないのだけど、
片付けてないダンボールは、僕の深層心理を表していたような気がする。
その考えに気付いて、無性に腹が立ってダンボールを片付けてやったのだ。
戦略とは捨てることだというけど、いろんなものを捨てると意外と前に進む力になる。
“捨てる”と“選ぶ”は同義語だから、選ぶことが前に進むことになってるのかも。
持たない推進力ってのがあるんだろうな。
一方で、持つことで生まれる責任も強いと思うけど。
話がだいぶそれた。よくあることだけど。
さっき風呂でボーッと考えていた。
あの高校に行ってなければ・・・
テニス部に入ってなければ・・・
浪人してなければ・・・
あの大学に入ってなければ・・・
あのバイトをクビになっていなければ・・・
あの集団に入っていなければ・・・
あのとき、代表にならなければ・・・
あの企業にそのまま入社しとけば・・・
留年しなければ・・・
あの面接で適当なこと言わなければ・・・
あのとき、旅に出なければ・・・
無駄な“たられば”を一通り考えてみたのだけど、
どれか一つの分岐点で違う選択肢をしていたら、
今の僕はきっと存在していない。
偶然のようで、必然的。
それは当たり前のようで、その背景には誰かがいて、
たくさんの助けや期待、逆に失望や悲しみもあったかもしれない。
自分という人間は1人でも、1人で成り立っているわけではない。
それは誰しもがそうなのだけど。
振り返ると、期待されていたのに力を発揮できないまま終わったことがいくつもあった。
そうじゃないときもあった。
その違いは何だっただろうか。
それは「僕自身が楽しんでいたかどうか」の差だったように思う。
全力で面白いと感じること・思えることを楽しむ。
それが自分のベストパフォーマンスにつながるし、期待に応えることになるのだろう。
そういう悟りを啓いて、いざ鹿児島2年目に突入!
※右上に写っているのはマンボウです。
2011/04/29
参加“意識”って何だろう?
参加意識はどうやったら生まれるのだろうか。
多くの“活動”と呼ばれるものが、組織内での「意識や行動」のズレに頭を悩ませる。
サークル活動、課外活動、会社活動・・・
このズレはその組織(グループ)で、当事者と傍観者に分かれているからだと僕は思う。
傍観者と当事者の大きな違いは参加意識の有無にあり、
その意識に基づく行動において大きな差が生まれてくる。
受動的な行動と能動的な行動はまったく生産性が違う。
言われたこと(ワーク・仕事)を100とすると、前者は80~90になり、後者は110~120になる。
前者はどんなに精度を高めても、天井が決まっているから100を超えることができない。
というけっこう自明なことを整理してみたのだが、
本題は「参加意識を持ってもらうにはどうすればいいか」である。
一言で言うと、「目的を持ってワークすること」だと思う。
ワークするとは、頭を働かせること、手足を動かすこと、体を動かすこと。
それでもまだ抽象的なのだけど、それよりも重要な「目的を持つ」ことについて。
イソップ寓話に「3人のレンガ職人」の話がある。
子供が3人のレンガ職人に「何しているの?」と尋ねました。1人目の職人は、「レンガを積んでるんだよ」と答えた。2人目の職人は、「壁をつくるのを手伝っているのさ」と答えた。3人目の職人は、「大聖堂を建ているんだよ」と答えた。
同じワークをしていても、目的を持っていたり、全体像を把握していたり、
と意識(頭の中)に差がある。
ただ、これはいきなり「3人目を目指せ!」が正解かというと、そうではない気がする。
「レンガとは何か、どうやって積んでいくものか」を知らない人が
大聖堂を意識しても、しょうがない。
本当の一番最初は「レンガを積めるようになること」、
それができるようになる頃に大聖堂を意識できるといいのかもしれない。
という意味では、「目的を持ってワークすること」よりも
「ワークしながら目的を見つけること」方がより正しいと言える。
もう一つ、別の視点。
参加意識というと、僕の中ではワークショップが想起される。
ワークショップはまちづくりや教育において、
よく使われる有名な手法で、直訳では“工房”という意味を持つ。
似た言葉である“工場”が
「何を作るかが決まっており、作るプロセスを効率化する場」であるのに対して、
“工房”は「何を作るかから決めてつくりあげる場」である。
これを学びに例えてみると、
この時間で「何を学ぶかを自分で決める場」こそがワークショップではないだろうか。
誰かからもらったヨソモノの目的ではなく、自分が当事者として考える等身大の目的。
目的を自分でつくることこそ、傍観者から当事者へ変わるきっかけなのかもしれない。
といいつつも、実際問題として「目的をつくりましょう!」と言われても、
それこそ「目的をつくる目的は何ですか?」という問いが生まれてくる。
「目的や夢をつくろう、持とう、決めよう」という雰囲気・気持ちになることでしか、
純粋な目的は生まれないのかもしれない。
ならば、ワークショップとはつくるものを指示せず、
目的を引き出す・整理してもらうように踏み出す雰囲気づくりではないだろうか。
雰囲気と呼んでいる“もの”を「場」と言い換えても通じるように思う。
働きかけずに、働きかける。
直接ではなく、間接的に自走させること。
ワークショップだけが唯一解の解決策なのではなく、
そういった場があること、それを設計する人がいることが本当の意味で大切だと思う。
2011/04/25
1年前を思い返して、気付いたり
僕は1年前、大学を卒業して旅に出ていました。
別に、自分を探しに!というわけではなかったのだけど、
もっと色んなことを知りたくて、色んなものを見たくて、九州をまわっていたのです。
ちょうど一年前の今日(4月25日:日曜日)
熊本の人吉から鹿児島に来たのでした。
旅に出たのが、4月11日。
2週間目にして、鹿児島にたどりついたのです。
旅は合計21日だったので、
鹿児島以降はけっこう急いでいたような覚えがあります。
知覧にいく。
桜島を見る。
大隈に廃校を見に行く(これだけアポがありました)
あの時、カーナビを見ながら通過した道路。
駐車場を探そうとウロウロした道。
僕はそこに住んでいるのです。
当時に立ち返ってみると、すごく不思議です。
その時、僕は鹿児島に住んで、鹿児島に住んでいる人たちと接し、
鹿児島という土地で生きることをまったく想像だにしていなかった。
今の仕事だってそう。
そのときには、影も形もなかった。
そのときの自分には何があったのだろうか?
僕は一年前、何を思い、何を考え、何を感じていたのだろう。
そんなとき、twitterでつぶやいていた言葉が記憶を引き出すキッカケとなって、
当時の状況を思い出させてくれるから、これまた不思議です。
1年という時間を経て、
出会った人たち、
お世話になっている人たち、
声をかけてくれる人たちに
ちゃんと感謝したいなと想いが芽生えています。
出会いや感謝という言葉は気恥ずかしいのだけど、
そういう言葉しか思いつかないのだから仕方ないのです。
自分にできることをやる。
自分の役割を果たす。
自分の力を信じる。
Iという主語を用いて語ることも大事なのだけど、
その言葉に目の前の人を含めることが大事なのかなと思う。
可能性を信じる。
僕が忘れずにいたいこと。
未だ来ていない事実を見通す。
誰かの可能性のために、自分の可能性のために。
楽しむことを忘れずに。
ふと、そういうことを思い、考えた夜でした。
別に、自分を探しに!というわけではなかったのだけど、
もっと色んなことを知りたくて、色んなものを見たくて、九州をまわっていたのです。
ちょうど一年前の今日(4月25日:日曜日)
熊本の人吉から鹿児島に来たのでした。
旅に出たのが、4月11日。
2週間目にして、鹿児島にたどりついたのです。
旅は合計21日だったので、
鹿児島以降はけっこう急いでいたような覚えがあります。
知覧にいく。
桜島を見る。
大隈に廃校を見に行く(これだけアポがありました)
あの時、カーナビを見ながら通過した道路。
駐車場を探そうとウロウロした道。
僕はそこに住んでいるのです。
当時に立ち返ってみると、すごく不思議です。
その時、僕は鹿児島に住んで、鹿児島に住んでいる人たちと接し、
鹿児島という土地で生きることをまったく想像だにしていなかった。
今の仕事だってそう。
そのときには、影も形もなかった。
そのときの自分には何があったのだろうか?
僕は一年前、何を思い、何を考え、何を感じていたのだろう。
そんなとき、twitterでつぶやいていた言葉が記憶を引き出すキッカケとなって、
当時の状況を思い出させてくれるから、これまた不思議です。
1年という時間を経て、
出会った人たち、
お世話になっている人たち、
声をかけてくれる人たちに
ちゃんと感謝したいなと想いが芽生えています。
出会いや感謝という言葉は気恥ずかしいのだけど、
そういう言葉しか思いつかないのだから仕方ないのです。
自分にできることをやる。
自分の役割を果たす。
自分の力を信じる。
Iという主語を用いて語ることも大事なのだけど、
その言葉に目の前の人を含めることが大事なのかなと思う。
可能性を信じる。
僕が忘れずにいたいこと。
未だ来ていない事実を見通す。
誰かの可能性のために、自分の可能性のために。
楽しむことを忘れずに。
ふと、そういうことを思い、考えた夜でした。
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