2010/07/27

創り出される「共感」


人は想いを共有すること、共感を求めるのではないか。

ソーシャルメディアの台頭で、そういった”雰囲気”を感じた。

色々な場や話で、「多様化」というキーワードを聞く。
日常を振り返ってみると、
食べ物、服装、音楽、雑誌、色々なモノの好みが分かれてきている。
つまり、「みんな一緒」から「みんなバラバラ」に変わってきている。
もちろん、セグメントとして存在するような層もある。
ただ、以前と比較して。の話である。

みんなバラバラな一方で、精神的な部分で”つながり”を持ちたい。
そんな想いがあるのかもしれない。

で、僕個人として「共感」という想いを非常に面白いものだと考えている。
 
「この情報はみんなに知らせたい」
「あるある!」
「確かに」 「同意」

こういった言葉の背景には、共感がある。

例えば、AさんとBさんが共感する際、情報の発信者と受信者がいる。
これは意外に双方向というよりも、一方的のような気がする。
 
「共感させる」側と「共感する」側。
ある意味、リーダーシップとフォロワーシップのような関係だ。

ここで、発信者サイドにたって、共感を得る方法を3つ考えてみた。
 
1、未来を描く(=想像型)
受信者が想像できなかった未来を提示することで、受信者の世界を拡げる。 
別名、ドラえもんの四次元ポケット。
 
2、曖昧なものを断言する(=代弁型)
受信者の隠された想いを言葉として発することで、受信者のヒーローとなる。
別名、正義の味方。
 
3、人自体への強い信頼が存在する(=崇拝型)
受信者の崇拝的な信頼を得ることで、受信者に対して絶対的存在になる。
別名、教祖。
ざっくりこの3パターンに集約されるように感じた。
 
上記以外だと、「あるある!」という気付き提示型。
これは観察力に優れたツッコミやボケで、たまに見かける。
【参考】地獄のミサワ


 最後の方は少しふざけたが、共感を得るという行為は、
コミュニケーションやマーケティング、組織づくりにおいて、重要な要素だと思う。
もうちょっと深めて考えてみましょうかね。

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