2010/11/06

8月前半のツイート

完全に自分向けのメモです。
8月1日~15日のツイートを編集。

貧困層に保険を提供するためのイノベーション
http://www.ifpri.org/publication/innovations-insuring-poor

信号機の「通行可能」の色を、青と言ったり、緑と言ったりする。海と山を見て、海を緑、山を青とは誰も言わない。

前時代的な露出を増やす地域活性化はブーム性が強くなり、一過性のものになりがち。

地域の伝え方こそ、持続性のあるコミュニケーションデザインが必要。現場から逆算するストーリー。

権威型リーダーシップの教育は生徒を受身にする。生徒の自主性を引き出し、惹きつけるリーダーシップとは何か?教育者サイドはリーダーシップの在り方を問われる。

シリコンバレーが注目する欧州の新興企業。 ドイツ人がビジネス担当。 ロシア人がソフトウエア開発の担当。 フランス人がユーザーインターフェース担当。まさに多様性の連帯。言語の壁を超えた協働は政治よりもビジネスに活きるか。「クーリエジャポンより」

高校生がiPad×twitterが使うことでの学習効果をはかる「Soclaプロジェクト」開始
http://blog.beatiii.jp/information/post_18.html

仕事の最高の報酬は仕事。ある意味、存在意義の確認。

言いたいことを言う。言うべきことを言う。コンテンツが同じでも、スタンスが変われば意味が変わる。

ストーリー・テリングを重要な能力の1つのように感じる今日この頃。自分を物語るチカラ。同じように、商品を、事業を、企業を、物語れるか。

ありえないことを、ありえるように見せる。

ブレストの鍵は、ルー大柴と高田純次が握っている。

まちを通じたまちコミュニケーション。無意識のうちに、まちは前提になってる。意識しないコミュニケーションは意外なとこで支えになってる。

児童虐待について、親に対する責任追及の論が強い。しかし、現代の母親がどんな状況で、どんな気持ちで、どんなストレスを受けているか、考えなければ意味がない。こどもを虐待しようと思わずに虐待しているのであれば、これ程の悲劇はない。見えない何かが壊れている。

魔法の言葉「なたもだ」
なぜ→例えば→もし→だから この問いかけで作文が一気に書けるようになる。確かに良いフレームワーク。

「負けるが勝ち」「損して得取れ」こういう言葉を考えた人は戦略家。負けや損を冷静に手段として捉えてる。

経営コンサルタントは「算数」と「国語」が重要と終わります。分析・論理的志向のために算数はすべてのコンサルに必須。しかし人を動かすには「言葉」が必要であり、一流と二流のコンサルを分けるのは「国語」だと言われます。

生きることは当たり前じゃない。生きることは、他の「生きる」を見ること、関わること、共有すること。それは自分以外の死を受け入れること。想いを受け取り、継ぐこと。“生きること”とは、他者と存在意義を確認しあうこと。存在を通じて、お互いに生きる意味を知る。

問題内容×時間制限=難易度。「タイムプレッシャーは、難易度の調整にも最適である。やさしい問題をやる時にも、タイムプレッシャーをかけることで、脳にとって最適の難易度にすることができる」

自信も仮説的に意識する。「根拠のない自信を持て。必ずできると信じて、それを裏付ける努力をせよ」

視覚的情報はある程度遮断できる。聴覚からの情報は遮断しにくい。音のちから。音楽のパワーを感じる今日この頃。

【メモ】週一回は芸術に触れる。無肉日をつくる。週一回は走る。週三回は日付け変更前に寝る。タスクリストとtodoリストを分ける。モレスキンを有効活用。本をブクログで一元化。弁当用の料理を五つマスターする。

服は哲学だけど、思考を制限する鎖だ。服を脱ぐことは制限から開放されること。クリエイティブは自由から生まれる。鎖から解き放つのは、体と心と脳。全裸だから生まれるイマジネーション&クリエーション

期待に応える事は何ら特別ではないし、普通であり、当たり前。期待を超えることで、自分なりの価値をつくる。どう超えるか、その期待値の裏切り方が付加価値につながる。

世界中の知恵をシェアできたら、多くの問題は解決できる。世界中は無理でも、あるクラスター内で知恵をシェアすることは予想だにしないインパクトを生みそう。

さえない若者がひょんなことから巨悪との戦いに巻き込まれる。きっかけはちょっと勝気で男勝りな良家の女性。彼は苦しみながらも、老人の助けを得て、遂に巨悪との戦いに打ち勝つ。彼には特殊な能力があったのだ!(スターウォーズ=サマーウォーズ)

理想ベースで考えて、現実ベースで動く。

本屋に行った時のワクワク感って、何なんだろう。幼い頃、図書館に行ってたことが原体験かも。よく図鑑10冊を借りていた。「ここには自分の知らないことがたくさんあって、ここに来ればそれらを知ることができる。」自分の世界の“拡げ方”が、本とその集積した空間だった。

本の形態が変わったのか。付録の売り場が本屋になったのか。いずれにしろ、この売れ行きは驚異的。「「2日で30万部増刷!」宝島社の独走に大手三社も追随! 激化する雑誌"付録"戦争」
http://news.livedoor.com/article/detail/4932328/

主語と述語をずらして行くと、表現は面白くなる。

商品を小口にして販売するようなBOPビジネスは、包装一つとってもゴミが増える。

趣味的な学び、実務的な学び。世の中には、圧倒的に学び場が少ない。一人で学ぶんじゃなく、集団で学ぶほうが良い。学習する組織的な場が1つの理想。

サブサハラ・アフリカの中心部の国にも、100以上のマイクロファイナンスカンパニーがあるが、貧困解消にはつながっていない。

映像の破壊力は、圧倒的に強い情報発信力にある。TVからYouTube、そしてUstreamと映像サービスは変化してきた。映像への接し方、制作側の入口拡大、変化のなかで情報量を編集し、コンテンツのクオリティを高めることがより鍵に。

発信機会の平等は、発信者の母数を増やす。それが競争につながれば、クオリティは次第に高まる。もう一つの手段としての“共創”。異質とのコラボレーションは新しいものを生む。しかし、異質であればあるほどコミュニケーションが難しくなる。

コラボレーションの効果とコミュニケーションのやり易さの接点が一番イノベイティブなものを生み出しやすい?無難な落とし所な気もする。イノベーションを生むチームには、高度なコミュニケーターが必要だという論があるが、そこを専属でつくるのか。

三流の人はお金を残し、二流の人は名を残し、一流の人は、人を残す

XVDを使った遠隔医療・遠隔教育は途上国だけでなく、国内の中山間地域や離島などの過疎地域でも活用できそう。

田舎らしい田舎。夏らしい夏。“らしい”と“らしくない”の感覚差って実は大事なのかも。

その土地のものをその土地で食べるからこそうまい。味覚だけで食事をするのではない。

ダメ出しのされやすさは、ある意味徳だと思うようになってきた。ダメ出しされまくって、それを反映させないかんとです。しみじみ感じるところ。

自分の弱みを書き出したら、少し楽になった。自分に甘え、他者に甘えていない。そんな弱さを内に隠した自分がいた。弱さから逃げていては、何も変わらない。

○○系と修飾するのは、同種を表すもの。新しい群れ。

業務フローを見まくるなう。肥大した組織はマネジメントタスクが増えて、その専属が多くなるのね。作業工程に対して、管理工程が増える。

日本語のダイバーシティは英語で言うとDiversity & Inclusion(多様性の受容)に該当する。今まで蚊帳の外にいた人々を中に取り込む。除外から包含へ。エクスクルードからインクルードへ。

があるのに飛ばない鳥を見て、「なぜ飛ばないのか」と思う。翼を使わなくなった鳥は飛び方を忘れ、飛べなくなる。その道を選択したのか、そうならざるを得なかったのかは分からない。ペンギンは泳ぐことに特化した。泳ぐことに特化したから、ペンギンになったのかはわからない。でも、現実はそうだ。

これはヒトの可能性についても同じだ。やればできるのにやらない。それは羽ばたく翼を使わないことに等しい。ただ一つ違うのは、人の翼は個々でだいぶ違うこと。飛ぶ領域が違うというか、翼の質自体が違うというか。でも、翼は使わないとその質も使い方もわからない。つまり、はばたけ。と。

羽ばたくうちに飛べるようになる。どんな飛び方かはわからん。それでも最初から飛ばないよりはマシだろう。早く安全圏から飛び出せ、と。チャリに初めて乗る時と一緒。最初はこける。こけてこけてこけまくる。そのうち体が慣れてくるさ。だから、前に進む。

花は咲く場所を選ばない。種が落ちた場所に懸命に咲く。

100回会っても「知り合い」な人もいれば、1回会っただけで「友人」になる人もいる。

他人の解釈を流用しない。

わかってると出来るには壁がある。賢いと仕事が出来るには壁がある。知ってると使えるには壁がある。その壁は汗かいて、もがいて、泥まみれにならないと越えられない。そう思うのだから、グダグダ言ってないで動きましょう、自分。ワクワクしてきた!

英国は駅で乗車券をマシンで買うよりも窓口で買う方が多い国。各種(旅行、観劇、コンサート)の予約も直接対話が多い。対面コミュニケーションが日本に比べると格段に求められる。だからバリアフリーもハード先行で考えない

障害がなくなれば、コミュニケーションはなくなる。ということは、障害を越えるためにコミュニケーションが必要となるのか。バリアを意図しておくことがコミュニケーションをうむ。なるほど、ハンカチをわざと落とせと。

読み手を意識した言葉には、不自然さがつきまとう。“伝えよう”とする感を受ける。二次的なイメージ。ポッと出た言葉の方が臨場感があって、みずみずしい。つるん、と。

1000人の顔見知り < 10人の仲間

ファクトベース。事実をつくるのが起業家精神。 「事実を調べずに、願望だけで事象をとらえると、大衆の考えや心理に流されてしまう。」

聴くだけでなく、音を楽しめる音楽がどれだけあるだろう。

エクスクルーシブな社会は人に疎外感を与え、暴走するトリガーに手をかけやすくする。連帯感は苦しい時ほど必要なのかも。コミュニティが人を包含するけど、閉鎖的・鎖国的であれば、それも人を追い詰める。緩いインクルーシブな社会が在るべきなのかな。

笑い = 内容 × 伝え方(表現) 笑いの最大化 = 面白い内容 × 面白い言い方 笑いのイノベーション = 面白い内容 × あえて真面目に言う 雰囲気面白い = つまらない内容 × 面白い言い方

【アイデア】新書を用いたゼミ。パワーランチ形式。毎週1冊、月4冊、年48冊。

最近、温度のある言葉とそうでない言葉の影響力の差を強く感じる。

セカンダリーな情報に安住するのでなく、プライマリーな情報を取りに行く。というよりも、プライマリーデータをつくる。情報の上流を抑えるのは事業の基本かもしれない。情報もバリューチェーンがあるんだよね。うん、いまさら気付いた。

【メモ】乱世の英雄。アジェンダ・シェイピング・リーダーシップ(課題設定型リーダーシップ)

専門用語を子ども用に言い換える。これは普段とは違う脳みそを使って、おもろい。彼らの語彙や社会に対する知識を想定しつつ、用語が本質的に何かを考えてシンプルにして、つなげる。コピーライターならぬコピーチェンジャー。

未来の話をするのはすごく楽しい。でも、未来を実現する瞬間の方がさらにエキサイティングなんだと思う。そう思うと、楽しさでにやける。ただの不審者である。妄想が未来を生み出す。

「社会貢献」を仕事にするのはどうだろう?何の仕事であれ、誰かの役に立ち、対価をもらい、税金を納めてる。それは立派な社会貢献。ヒーローを社会貢献に求めているだけのように感じる。そして、社会貢献ではなく社会変革の方が必要。おかしいものを助長しても意味なし。

出逢いの数 = 別れの数 喜び = 悲しみ

突然、訪れる偶然は疑いようのない必然だったりする。

【メモ】コミュニケーション・デザインのシークエンスがリレーション・デザインにつながる。

世の中と自分の繋がり方を“肩書き”と呼ぶ。「人からもらった肩書き」と「自分でつくった肩書き」はまったく意味が異なる。自分と社会への橋のかけ方。ある意味、生き方。

時間の流れと人の流れは色んな形で交差するんだろうな。

失敗と成功は同じベクトルに存在する。失敗を経験していないということは、成功に近付いてないに等しい。

大いなる力は大いなる責任をともなう。責任とは力を持つことと同義であり、アクションなき責任は力を活かしていないため意味がない。責任の大きさはヒトの器であり、ヒトを大きく上回る責任はヒトを殺すことさえある。受けきれる責任が小さいままだと、変化がなく成長しない。適切な責任負荷が必要。

自尊心を育てるのはすごく重要。自分に対して尊敬の念を持つことは自信を生み、他者への尊敬につながる。その波及は他者への影響としてあらわれる。ポジティブサイクルが回れば、自尊と謙遜を兼ね備えた人が増えていく。

リスクをとっても死なないなら、そのリスクは実はそんなに危険ではない。チャンス。

最近の気付き。最強のビジネスツールは、紙とペンと靴。

最近の興味は、アウトプット教育。自発性とは、言葉であり、文章であり、行動であり、表現である。自発できないのは悲しいこと。その一段階先に、意見を言う、企画をつくる、など社会的なスキルがある。インプットとアウトプットを同時にすることが成長を加速させる。

中間支援組織だけが増え、プレイヤーが増えない現状を考えてみる。なぜ「支援」したがるか? 1.そもそも支援になっていない。支援はマーケティング視点がなければ、ただの押し付け。痒いところに手が届くから支援である。 プレイヤーのためにならない支援という自己満足。

2. クリエイト経験の不足。自分のフレームワークでモノをつくった経験が不足しており、想像力が弱く、自分で創造できない。3.世の中に物質的なモノが溢れており、新しいモノが必要ない。サービスの場合はコンセプチュアルなスキルと実現の両輪が問われ、モノづくりより複雑な個人スキルが必要。

なんか全然まとまってないなぁ。支援は必要なんだけど、リスクマネーは誰も供給しない。IPO控えたベンチャーにこぞってVCが集まる!みたいな。

支援者のあるべき姿として、蚊帳の外にいるのではなく、リスクテイカーのリスクをシェアする存在がある。チャレンジャーの参入を増やすために、リスクを減らす、リスクを分かち合う。それはノウハウやネットワーキング、マネーかもしれない。しかし、形として必ずあり得るはず。

セカンダリーな支援ばかりが流行る。しかも、戦場から程遠いロジスティックスばかり。必要なのは、兵士と背中合わせの支援。下手すると、怪我する領域で。リスクテイカーのリスクをシェアし、低減できるサポートの仕方が必要。安全地帯でカッコイイことを言うだけの支援部隊は戦いに不要。

半年後は、ある程度予測できる。1年後は、予測できない。5年後、ほぼ不明。10年後、手掛かりなし。つまり、人生は面白い。

iPhoneに変えて思ったのは、ある意味不便だということ。このインターフェースは手だけでは使えない。画面を見ていないと、どのボタン(パネル)を押しているか手掛かりがないから。視覚ありきのインターフェース。

出来ると思っていた事ができない。出来ないと思っていた事ができた。やってみるまで答えはわからない。わかったつもりが調子を狂わせる。行動にピントを合わせないと。

書かないと、書けなくなる

限界集落よりも、地方都市の方が限界が来そう。限界団地やニュータウンの高齢化も深刻。

プロフィットセンターの最大化とコストセンターの最小化。

Going Concernって、冷静に考えると不可能のように感じる。ここが株式会社とNPOの決定的な差か。存在を維持する為に儲ける。不思議な箱だなぁ。

企業は何の為に存在するのか。企業は誰のものなのか。こう問いかけられると、納得できる解を返すのが難しいな。法的な解釈を伝えてもあまり意味がないし。とかモヤモヤ考える休憩タイム。

本を読んでいて、ふと昔、考古学者になりたかったことを思い出した。恐竜の図鑑を眺めて、太古の地球に想いをはせた幼き頃。化石というパーツから、過去を復元する。その化石ですら、形にならないピースばかり。“ひとかけら”を掘り起こし、繋ぎ、想像する。その過程に浪漫を感じていた少年時代。

1円の利益を出すには、1円で2円の価値をつくらなきゃいけない。2円を使って3円の価値でもいいけど。ここは凄く重要な気がする。価値と価格、価格と費用の狭間にあるもの。

事象と事象の間にある、見えないものが一番大事かも。繋ぐとは、見えないものの橋渡し。透明な橋は手探りしながらじゃないと作れない。

ものを使うというよりも、いたわるというコミュニケーションをとると、愛着がわいてくる。使い捨て時代に、愛用するものとそうでないものの違いは何か。

マーケティングにおける6つの間違い。1.生活者の思考プロセスは筋の通った合理的なものである2.生活者は自らの思考プロセスと行動を容易に説明することができる3.生活者の心・脳・体、そしてそれを取り巻く文化や社会は、個々に独立した事象として調査することが可能である

4.生活者の記憶には彼らの経験が正確に表れる 5.生活者は言葉で考える 6.企業から生活者にメッセージを送りさえすれば、マーケターの思うままに、これらのメッセージを解釈してくれる

【GDメモ(定性分析)】客観的な事実である「事実・事象」(ファクト)、そこから気づき を得る「発見」(ファインディングス)、発見を体系化する「フレームワーク化」のプロセスを繰り返す。

フリーは教育にまで及ぶ。『世界初、学費無料のオンライン大学、ユニバーシティー・オブ・ザ・ピープルの試み』 を講談社現代ビジネスに寄稿しました。
http://www.socialcompany.org/archives/2010/08/misc/socialize_1-2/html

確かに。大学四年間で退化する人は多いですしね。「世銀は最近日本人の高校生向けにリクルート活動をしているらしい。世銀を目指している優秀な高校生が役に立たない大学学部に進学するのを阻止するためだそうだ。」

最近、どの機関も人を育てなくなってきてるなぁと思います。教育が社会のインフラなのにも関わらず。「本来なら国連職員養成をうたっている大学が世銀で働ける人材を育てるべきなわけですが、それができてないっていう世銀の判断なわけですわ。」

「就職支援に傾倒する大学ゼミ」「教育コストを下げるために新卒のハードルをあげて即戦力に絞る企業」広義の教育だとは思うんですが、どこも余裕がなくなって実利にシフトしすぎている。教育に遊びがなくなってきてる。その遊びが学びなんじゃないのかなと思いまして。

模様のある紙にそこまでの価値をつけたシステムが凄い。まさに有機的。「お金には引力がある。その引力は目には見えないが、人々の間に着実に作用している。貨幣ほど人間の精神性に入り込んだ人工物はないんだろうな。」

自分の武器は爆発力と気合だ!それでどうにかこうにかバリューだす!

筑後の山々が見えると、どこか懐かしくなる。学生時代、遊び半分学び半分で参加した子どもキャンプは良い経験になった。一緒に遊んだ子どもたち、キャンプをつくる地域の皆さん。行政、NPO、自然体験、過疎地、教育、その他もろもろ。ぼくを地域と教育に導いた原体験の一つ。

「未来とは落下傘的につくり出されるものではなく、その場所だからこそつくり出せる未来、その場所だからこそ、つくり出すべき未来があるのだと思う。だから、マージュの地にかつて何があったのか、そして自分はどこから来たのか、にとても興味がある。」

自分に正直に、誠実にありたいと思います。「でも、どんなに格好いいことを言っていても、言ってることとやってることが違うのが一番イヤ。「正直」とは言葉を現実に合わせること。「誠実」とは、現実を言葉に合わせること。来年こそ、このお盆の季節を大切にしよう。」

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